【千葉魂】 あの3イニング目を忘れない 入団テストで無失点、合格の矢地

 青空の広がる石垣島で、矢地健人投手は野球が出来る喜びをかみしめるように日々を過ごしていた。昨年10月1日。中日ドラゴンズから戦力外を通告された。トライアウトの末、11月16日にマリーンズの鴨川秋季キャンプに呼ばれた。入団を懸けた、わずか2日間のテスト。その短い時間に野球人生のすべてを注ぎ込んだ。

 「自分の持っているものを使い切ろうと。余力は残さない。昨年は歯がゆい思いをしたので、それをぶつけようと思っていました。とにかく悔いが残らないようにと」

 実戦形式のテスト登板では3イニングが与えられた。中継ぎ投手だった矢地にとって2イニング以上を投げるのは2年ぶり。大きな試練となった。しかしこの、もう1イニングこそが重要なカギだった。落合英二投手コーチはそこを注視していた。

 「伊東監督からは『2イニングで行こうか』という話をいただいていました。ただ、私は3イニング目をどうしても見たかった。2回はごまかせることがあるが、3回はごまかせない。精神面、忍耐力、いろいろなものが見えてくる。たとえ、3イニング目は打たれてもいいと思っていました。ただ、打たれた時に『ああ、終わっちゃった』という顔をするのか、『なにくそ、絶対にここから踏ん張ってやるぞ』というものを見せるのか。そういう姿勢のようなものを試したイニングでした」

 バックネット裏で首脳陣はテスト生のピッチングを見ていた。その中で落合コーチはその面構えを、そして目に注目していた。どのような表情で投げるのかを凝視していた。

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 1回は1安打無失点。2回も無失点。十分な投球内容だった。そして迎えた3イニング目。先頭の清田にライト前に運ばれる。疲れが見え始めていた。肩で息をしているように見えた。だが、ここで諦めるわけにはいかなかった。4月に入籍したばかり。産まれてくる子供のために、父親としてここで、弱気になるわけにはいかなかった。必死だった。

 「嫁さんが妊娠していて、あと数日で子供が生まれる予定だった。中日を戦力外になった時も最初に頭に浮かんだのは妻と生まれてくる子供をこれからどうやって養っていこうかということ。ああ、子供に野球をやっている姿、ユニフォーム姿を見せたいなあって。普通にプレーをしている時はそこまで神妙に思ったことはなかったけど、戦力外になってその思いを痛感するようになっていました」

 次の打者、青松をこん身のストレートで空振り三振。田村を浅い三飛に打ち取り、2アウト。しかし、続く細谷にライト前に運ばれ、ピンチは広がり、翔太を迎えた。どんな形でもいい。どんな方法でもいい。絶対に打ち取る。ふと妻の大きくなったお腹を思い出した。戦力外を伝えた時、妻は笑いながらお腹の中にいる息子に声をかけた。「おーい。パパ、お仕事なくなっちゃったって」。誰よりもショックを受けているはずの妻が、自分に心配をかけまいと気丈に振舞ってくれた。それがなによりも心に響いた。その気持ちに魂で応えた。MAX145キロのインコースストレート。打者のバットが一瞬、気迫に圧された。打球が一塁手のミットに収まる。3回、無失点。最高のパフォーマンスだった。

 「あの表情を見て、私はぜひ獲得してもらいたいと思いました。強い意志を感じた。空気が違った。ガツガツしているというか、ああいう気持ちになれる人間は絶対に強い。マリーンズにはあまりいないタイプだと思いました」

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 落合コーチは当時をそのように振り返った。2日後の11月19日。うれしい電話がかかってきた。テスト合格を告げられた。そしてその2日後の21日に第1子、長男が誕生した。矢地は出産に立ち会った。そして、産まれてくる子供を抱き包んだ。

 「もうめちゃくちゃかわいくて。生まれる前から子供は好きだったんですけど、自分の子供は表現できないくらいかわいい。この子の為に頑張らないといけないというのは、ありきたりな表現になりますけど、強く感じました」

 現在、家族を妻の実家がある長野に残して、石垣島キャンプで精力的に汗を流している。クタクタになりながら宿舎に帰ってきての楽しみは家族にテレビ電話をすることだ。なにも話は出来ないのは分かっていても、話しかけてしまう。久しく触っていないその小さな手のぬくもりを思い出すと、またエネルギーが湧いてくる。

 「あのテストの時のマウンドでの気持ちを忘れずに投げようと思います。あの3イニング目は自分にとって大きな自信と財産になっている」

 ガムシャラに、必死に、家族のために投じたあの1球。あれこそが誰にも負けないウィニングショットだ。矢地の第2のプロ野球人生がスタートした。鴨川での3イニング目の気持ちを胸に、これからもマウンドに上がる。

 (千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)



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