銚子西 打線振るわず 来春統合、最後の夏終わる

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◆涙止まらぬ“30人目”エース
 1981年の第89回大会に銚子勢3校目として甲子園に出場した銚子西。来春、市銚子との統合が決まり最後の夏。大会屈指の左腕との注目の一戦。エース村山龍一が変化球を低めに集め、投げ合いとなった。

 均衡が破れたのは四回。一死から四球の走者に走られ、4番にカウント1―1から得意の変化球を痛打された。「先制点の取られ方が悪かった」。込み上げる悔しさを抑えられなかった。

 五回には下位打者にソロアーチを浴びた。左翼手が必死にグラブを差し伸ばした先に打球が飛び込むと、マウンド上で顔をしかめた。「インコースのカーブ。ちょっと高かった。甘いところに入ってしまった」

 「ベストの状態でだったんですが…。負けちゃってチームに申し訳ない」。無念そうに首を振り、険しい表情で「最低です。点数は0点。力んで自分のピッチングができなかった」。

 七回にはスクイズで3点目を失った。それでも直球で押し、切れのあるスライダーで踏ん張った。「絶対に勝って甲子園に行くつもりだった」。30人目の“西高のエース”は最後まで涙が止まらなかった。