元甲子園球児、ブラジルへ 野球指導で新たな挑戦 木更津総合高OB高谷大樹さん 【100回目の夏 白球を追って】

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野球を教えるためにブラジルへ赴いた高谷さん。甲子園での仲間との思い出と、瓶に入れて持ち帰った砂が、今も支えになっている=船橋市
野球を教えるためにブラジルへ赴いた高谷さん。甲子園での仲間との思い出と、瓶に入れて持ち帰った砂が、今も支えになっている=船橋市

 2012年、甲子園。大阪桐蔭高校に敗れた木更津総合高校のベンチで、控え投手だった高谷大樹さん(23)=船橋市=はチームメートに声援を送り続けた。登板の機会はついぞ巡ってこなかったが、仲間と共にかけがえのない夏を過ごした。

 あれから6年。今月9日、高谷さんはブラジル・サンパウロに向かった。JICA(国際協力機構)のボランティア隊員として2年間、子どもたちに野球を教える任務に就くためだ。甲子園を目指し、後輩たちが熱戦を繰り広げるなか、高谷さんは地球の裏側のグラウンドに立ち、日本の野球道を伝える。

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 船橋市立七林中学校時代から野球部で投手だった。高校では親元を離れ、強豪・木更津総合野球部の門をたたいた。投手陣の一角としてチームを支えてきたが、3年生春の千葉県大会後に腰を疲労骨折。夏大会を控えた厳しい練習に、治療のため参加できなかった。チームメートと「“頑張った感”に差がある」。そのもどかしさから、4年ぶり3回目の甲子園出場を決めたチームの快進撃を人ごとのように感じたこともあった。

 甲子園初戦でチームがまみえたのは、藤浪晋太郎(現阪神タイガース)、森友哉(現埼玉西武ライオンズ)ら超高校級を擁する大阪桐蔭。この年、春夏連覇を成し遂げることとなる強豪に、2-8と散った。

 本番までにはけがを治したが、登板機会はなかった。それでも伝令としてマウンドに向かい、初回失点で焦るナインを落ち着かせるなど、チームの一員として戦った。「仲間のおかげで甲子園まで来られた」と、すがすがしく夢舞台に別れを告げた。

 記憶のひだに刻まれているのは試合ではなく、その夜、宿泊先で開かれた最後のミーティング。引退する3年生がひと言ずつスピーチする場面で、エースの黄本創星投手が言った。「勝ち進んで、大樹にも投げさせたかった」-。球友の隠された思いに感涙した。「今まで一緒に練習してきた思い出が一気に込み上げてきた」

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 進学した桜美林大でも野球部に入部したものの、思うような結果が出せていなかった。そんな16年2月、転機が訪れた。部にJICAから「1カ月間コスタリカの子どもたちに野球を教えてほしい」との依頼。絶好の機会と他の部員たちと意気揚々、現地へ向かったが、現地に2年の長期日程で滞在していた先輩隊員に甘さを見抜かれた。

 「ユニホームの着こなしがだらしない。用具を整頓していない。野球の基礎がおろそかになっている…」。苦い経験だったが、大学卒業を控えて進路に悩んでいた時、言葉の壁を越えて身ぶり手ぶりで触れ合ったコスタリカの子どもたちの笑顔が脳裏に浮かんだ。改めて海外で野球を教えたいと、ブラジルへ2年間の長期派遣を志願。卒業した今年4月以降は、現地の言語や習慣の研修を受け、準備を進めてきた。

 日系の9~11歳の子どもを教える。「野球を通して、日本の礼儀やあいさつなどの文化も伝えたい。指導するチームを日本に連れてきて、子どもたちと対戦できたら」。地元クラブチームに所属する高校生の練習も見る予定で「20年の東京五輪に出てほしい」とひそかに野望も抱く。

 ブラジルに到着した高谷さんは、千葉の地で甲子園を目指す木更津総合ナインに「いつも近くで支え合い、励まし合った仲間と共に、最高の夏にして」と、自身の経験を踏まえて熱いエール。3年連続の甲子園出場に向け、東千葉大会に臨む後輩たちは18日、4回戦で千葉北高校に8-0で八回コールド勝ち。地球の裏側からの声援に応えるように、8強に駒を進めた。それぞれの戦いは、ここからが本番だ。