2018年5月21日 05:00 | 有料記事
「当時の千葉日報は切り抜いて今も大切に取って置いてあるんだよ」。目尻を下げて喜び、高校時代の思い出を語ってくれた。プロ野球中日で左の巧打者として活躍し、2000本安打も達成した谷沢健一。輝き続けた打撃の原点は、習志野での3年間にあった。(敬称略)
中学は投手で、最後は県大会の初戦で習志野一中に負けた。その年は習志野高校が初めて甲子園に出場した年でもあり、「ナラシノ」って響きがずっと頭に残っていた。
本当は成田高校に行くはずだった。習志野は新設校だったが、インサイドベ ・・・
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