鎌倉時代の名刀を追究 800年前の技、新元号の世へ 刀匠、松田次泰さん(70)=千葉市若葉区= 【新春この人に逢いたい ちばの才人たち】

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 約800年前の鎌倉時代の名刀の再現に挑む刀匠、松田次泰さん(70)=千葉市若葉区在住=が平成から新元号へ変わる節目に、失われた作刀技術をよみがえらせ、伝承することへの思いを語った。日本刀の持つ美術性を重んじ、画一的な製品を大量生産する時代だからこそ、唯一無二のものを創造する芸術の価値が高まると強調。不純物を削(そ)ぎ落とし美しさと機能性を兼ね備えた刀と、現代人の必需品スマートフォンに意外な共通点を見いだして具現化する。ものの価値が目まぐるしく変化するデジタル時代に、日本人のDNAを宿した不変の刀が真の価値観を問い掛ける。

 -刀匠の道に進んだきっかけは。

 物心ついたころから絵描きになりたかった。芸大を目指して北海道から上京したが、受験に失敗しショックを受けた。そんな1970年代初頭、時は刀剣ブームだった。都内の展示会へ足を運んでいるうちに、『これだ』と。高橋次平に弟子入りし、長野県で6年間修業を積んだ後、独立した。

 -なぜ、千葉に。

 東京の近くで仕事場を持ちたかった。知人の紹介で、独立後は船橋市内の鉄鋼団地に土地を借りた。15年前に現在の場所に住居兼工房を移した。

 -鎌倉時代の日本刀にこだわる理由は。

 刀の世界に入って驚いたのは、最も格式が高いとされる鎌倉時代の刀の作り方を誰も知らなかった。

 国宝の1割に当たる110点が日本刀。単なる武器でなく、美術性が高い。特に鎌倉刀は、反りや刃文の美しさと、よく切れるという機能性を兼ね備えている。だが、当時の作刀技術は途絶えてしまった。

 江戸後期の名匠、水心子正秀が「日本刀はすべからく鎌倉に帰るべし」と宣言して以降、多くの刀鍛冶の目標は鎌倉刀となったが、現在に至るまで200年近く、誰も再現できていない。普通の発想ではできない。

 -再現できる自信は。

 96年に“よく似たもの”が偶然にできた。再現性を高めるために、JFEスチール(旧川崎製鉄)の技術者らから鉄の専門知識を学んだ。原材料である鉄自体の製法が異なるため完璧ではないが、古い時代の刀をどう再現するかを絶えず考えている。

 -今後の展望は。

 いずれは鎌倉時代を超える名刀を作りたい。日本刀以外に費やす時間はない。

 ものづくりは少しずつ変わってきていて、アップル創設者のスティーブ・ジョブズが考えたようにデザイン性や美術性がより重視される。機械化が進み、技術者がデータを用いて画一的な商品を作れるようになったが、オリジナリティーを出すには芸術的な部分で付加価値を付ける必要がある。

 車でも何でも、世界一になるというのはそこだと思う。日本刀に限らず、日本人が培ってきた神経の細やかさや美意識をものづくりに生かしていくことが、これからの時代にこそ大切だ。

 ◇1948年7月27日生まれ、北海道出身。千葉市若葉区在住。北海道教育大学特設美術科卒業後、73年に人間国宝、宮入昭平の一番弟子、高橋次平に入門。80年に作刀承認許可。日本美術刀剣保存協会会長賞、文化庁長官賞などの受賞を経て2015年、県無形文化財保持者に認定された。大相撲横綱白鵬の土俵入りの太刀も手掛けた。JFE21世紀財団の助成を受けて平安時代後期の国宝の再現にも取り組んでいる。著書に「名刀に挑む~日本刀を知れば日本の美がわかる」(PHP新書)などがある。