いじめ認定も「原因不明」 市教委の対応不備指摘 館山・中2自殺で最終報告書

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第三者委員会の大野委員長(中央)と金丸市長(左)に報告書への感謝の念を伝える田副さん=10日、館山市コミュニティセンター
第三者委員会の大野委員長(中央)と金丸市長(左)に報告書への感謝の念を伝える田副さん=10日、館山市コミュニティセンター

 館山市で2008年9月に中学2年生の田副勝さん=当時(13)=が自殺した問題で、自殺といじめの関連を調べる第三者委員会(大野精一委員長)が10日、最終報告書をまとめ、同市の金丸謙一市長へ提出した。報告書は勝さんがいじめを受け精神的な苦痛があったと認めたものの「原因の全容解明に至らなかった」と総括し、学校や市教育委員会の対応が十分でなかったと指摘。市長から報告書を受けた父親の義春さん(63)は「すべてではないが事実を突き止めていただいた。報告書をしっかり読み、仏壇に報告したい」と話した。

 報告書によると、勝さんは中学校で、同じクラスの生徒から母親が外国人であることをからかわれ、所属していた野球部員から制汗スプレーを吹き付けられた。中学2年の夏休みは部活に全く参加せず、自殺前日は学校を欠席していた。

 自殺原因について、報告書はからかいやいじめにより「苦痛が相当程度蓄積していた」と推定。「学校が始まるということが自殺を実行する最後の決断をさせたと推認できる。特に、部活動が始まることが大きな心理的負担となっていた可能性が高い」とした。

 いじめへの中学校の対応に関しては「勝さんの心情への配慮に欠けていた」と批判。学年の教員と野球部の顧問が連携した対応がなかったことも問題だったとした。自殺後も十分な調査ができておらず、同校が原因解明のために行った「学級意識調査」の資料が廃棄されたことに触れ、「不適切な対応」と非難。

 市教委へは、義春さんが求めたアンケート調査の結果開示で一部が抜けており、慎重さを欠いていたと指摘し、「義春さんが不信感を強めたのは当然」とした。

 報告書を受けた金丸市長は「重いものと感じ、真摯(しんし)に受け止める。二度とこういったことが起こらないよう市教委に改善を求める」と話した。

◆父「息子の無念分かった」 苦悩10年、命日に結論

 長男を突然失った苦しみからちょうど10年。2008年に自宅で自ら命を絶った館山市立中2年、田副勝さんの命日の10日、市の第三者委員会は、自殺との因果関係は解明できなかったが、いじめに遭っていたと認めた。真相を求め続けた父親、義春さんは「十分ではないが、いじめが認められ、せがれの無念さが分かった」と語った。

 義春さんによると、いじめは小学校時代から続いていた。別の校区の中学校に入ったが、08年9月、中2の運動会の日にかばんを汚され、パンクした自転車で帰宅。4日後、学校を休み、運動会で使った鉢巻きで首をつった。

 直前の夏休みにはボーイスカウトに参加し、楽しげな様子だった。しかし、直筆の遺書には「なぜこのような気持ちにならなければいけないのか?もうこの世の中につかれました。さようなら」とつづっていた。

 「なぜ、せがれは死を選んだのか」。義春さんは学校や市教育委員会に真相解明を訴え続けた。だが調査過程で、全校アンケートの回答用紙破棄が発覚。再アンケートで「死ね」と言われていたとの回答があったことも、情報公開請求で初めて明らかに。不信感が募り、時間ばかりが過ぎた。

 大津市の中2男子いじめ自殺をきっかけに、調査組織の設置を盛り込んだ「いじめ防止対策推進法」が13年に制定。義春さんが第三者委設置を市長に直接求めて実現したが、関連資料や同級生の記憶は失われ、自殺の原因は特定できなかった。

 義春さんは、親としていじめを把握できなかった後悔から勝さんの遺骨を納骨できていない。10日は遺影を手に市長から調査結果の報告を受け「少しはおまえの気持ちが分かった。長いことごめんね」と語り掛けた。年内にも納骨する決意だ。