知恵集めた掘削技術 アジア、アフリカでも活用 君津発祥の上総掘り 【古(いにしえ)を使ふ 千葉県内で受け継がれる建物・技術】(7)

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竹ひごを巻き取るヒゴグルマが目を引く上総掘りの足場。左上部に弓式のハネギがある=袖ケ浦市郷土博物館
竹ひごを巻き取るヒゴグルマが目を引く上総掘りの足場。左上部に弓式のハネギがある=袖ケ浦市郷土博物館

 房総丘陵に染み込んだ雨水が、長い年月をかけて湧き出る君津市久留里。街角に無料の水くみ場がある“水の里”は、傾斜する地層の影響で地下水が自噴する井戸があちらこちらに作られ、生活用水や農業用水に利用されている。

 自噴井戸の多くは、同市発祥の「上総掘り」で掘削された。木材を円形に組んだ「ヒゴグルマ」が目を引く足場を作り、ツメの付いた鉄管で地中数百メートル、時には千メートルを超える深さまで掘ることができる。

 1890年代(明治20年代)には上総掘りの技術が確立したとされる。富津市から市原市にかけ主に河川流域の井戸掘りのほか、大多喜町で天然ガス、大分・別府の温泉、新潟では油田の掘削などに応用された。昭和30~40年代には機械掘削に取って代わられたが、道具の調達や仕組みが簡単な上、電力を使わず少人数で安全に行えることから、東南アジアやアフリカの井戸掘りに生かされるようになった。

◇竹の弾力性利用

 長さ約7メートルの鉄管を人力で何度も何度も突き下ろす。深さに応じて鉄管に竹ひごを継ぎ足し、直径10センチほどの掘削穴が崩れないようにする粘土水「ネバミズ」を注ぎ、竹ひごに伝わる感触を頼りに地中の様子を判断しながら、深く掘り下げていく。

 竹ひごは足場上部で「ハネギ」とつながっており、ハネギは竹の弾力性を利用し鉄管の上げ下げをサポートするバネの役割をする。直径3・6メートルほどのヒゴグルマは人が内側に入って回転させ、竹ひごの巻き取りに使われる。

 ハネギのおかげで少ない労力で掘り進めることができるが、地質によっては1日の掘削が1メートルに満たないことも。「250メートル掘るのに2~3年かかったことがあった」。上総掘り技術伝承研究会会長の鶴岡正幸さん(87)は振り返る。

◇博物館で実演

 鶴岡さんは袖ケ浦市高谷で祖父の代から続いた上総掘り職人だった。掘り上げた井戸は200カ所以上。「戦後の農地改革で田んぼに水を引くためだったり、戦争から帰って来た人から家の井戸を掘る注文がたくさんあった。夜通し交代で掘ったこともある」

 機械化の影響で職人を辞め、木更津市役所などに勤務した後、社会教育指導員として袖ケ浦市郷土博物館の体験学習で上総掘りを披露。現在は同会が活動を引き継ぎ、上総掘り技術を後世に伝えるための実習を同館で毎週行っている。

 自給自足生活を望む人やケニアで井戸を掘るNGO団体などが、鶴岡さんの上総掘り技術を学びに来る。母国の人たちのために井戸を掘ろうと、2年かけて技術を習得した日本で働くギニア人男性もいた。現地の地盤が硬く残念ながら水は出なかったが、上総掘りは今でも必要とされている。

 国内にとどまらず、海外でも人々の生活に潤いをもたらす上総掘りは、世界に誇る千葉の伝統技術だ。鶴岡さんはしみじみと語る。「機械を使わず、人間がいろいろ工夫して道具を作った。上総掘りには知恵が詰まっている」

=終わり

(この連載は、社会部・伊藤義治、飽本瑛大、町香菜美が担当しました)

◇国の重要文化財に 上総掘りは、明治時代にすでに「カズサシステム」として海外に紹介されていた。1960年、県内各地で使用された道具約260点が国の重要有形民俗文化財に指定され、2006年には上総掘りの技術が国指定の重要無形民俗文化財(民俗技術)になった。