「国際協力続けて」 白井のNPO関係者ら バングラテロ

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 バングラデシュのテロでは、国際協力機構(JICA)のプロジェクトで滞在中だった7人の日本人が犠牲となった。両国を取り結ぶ活動をしてきた千葉県内のNPO法人関係者らは、事件を悲しみつつも、日本が築いてきた国際貢献への歩みを止めないよう求めた。

 「いつか起きるかもと思っていたことが、現実になってしまった」。白井市で在日バングラデシュ人らの生活を支援するNPO法人の堀井邦子さんは表情を曇らせる。法人の設立は2002年。「そのころと比べて(政情不安などから)現地の治安が不安定になっていた」と話す。

 4月まで約15年、現地で地下水の汚染対策などをしてきたNPO法人「アジア砒素ネットワーク」(宮崎市)の川原一之さん(69)によると、昨年10月に日本人男性が殺害されて以降、状況が一変。塀のない飲食店には行かないようにするなど警戒を強いられ、当局の規制強化もあって活動しづらくなった。

 今回の事件で日本人のバングラデシュに対するイメージ悪化も懸念される。川原さんは「国際協力はこれからも必要だと思う。停滞、後退してしまうのは両国にとって不幸なこと」と嘆いた。

 東京都港区のバングラデシュ料理店。3日夜に友人と訪れた塾講師の女性(56)は「バングラデシュ人やイスラム教の全員が悪いわけではない。偏見を持たず、こういう時だからこそ応援したい」と足を運んだという。

 女性は「犠牲になった人たちは素晴らしい活動をしていた。テロに屈せず、日本人はこれからも海外協力を続けてほしい」と期待した。

◆事故遺族、心で支えた技術者 テロ犠牲・田中さん

 「遺族に寄り添ってくれた方が、あんな形で亡くなるなんて…」。バングラデシュ飲食店襲撃テロで亡くなった横浜市鶴見区の田中宏さん(80)は、エレベーター事故で長男を失い原因究明に奔走していた女性に、エンジニアとして助言し、活動を支えていた。「ただただ、ショックで」。恩人の突然の悲報に、女性は言葉を失った。

 女性は東京都港区の市川正子さん(64)。2006年6月、シンドラーエレベータ社製のエレベーターに挟まれる事故で、都立高校2年だった長男、大輔さん=当時(16)=を亡くした。

 事故後、原因を知りたいとメーカーや業界団体を訪ね歩いたが話を聞けず、苦しんでいた時に問い合わせた技術士の団体に紹介されたのが鉄道技術者の田中さんだった。

 「横に動く鉄道と縦に動くエレベーター。仕組みは似ている」。市川さんの初歩的な質問にも優しく答え、その後も分からないことを問い合わせると丁寧に説明してくれた。寡黙だが、自分が学んだ技術を人の役に立てたいという秘めた情熱を感じたという。

 田中さんは、港区が設置した事故調査委員会にも市川さんの要望で参加。業務上過失致死罪に問われたシ社の元点検責任者らの刑事裁判には公判のたびに傍聴に訪れ、市川さんが毎年、命日に開いている集会にも足を運んでくれた。

 「技術的なことだけでなく、心でも遺族に寄り添ってくれた」。ミャンマーに赴任していて集会に参加できなかった14年は、現地から「とてもいい顔をしていたので、大輔君に」と、仏像の写真を添えた手紙を送ってくれた。市川さんはその写真をいつもかばんに入れて持ち歩いている。

 3日夜、テレビのニュースで田中さんの顔写真が流れ、テロの犠牲になったと知った。「今はただ、『ありがとうございます』とお伝えしたい」