市川市中央公民館解体へ 明治の面影残る木造建築 新潟から移設70年 一部は移築保存方針

風格あるたたずまいが人気の中央公民館=市川市
風格あるたたずまいが人気の中央公民館=市川市
木材の温かみが感じられるロビー
木材の温かみが感じられるロビー

 明治期に新潟県で建築された邸宅を移設した市川市の中央公民館が、11月末で閉鎖し解体されることになった。施設の老朽化などが理由で、跡地には子育てに関連する複合施設が整備される予定。木造建築の風格あるたたずまいが市民から愛されており、市は一部を移築する方針だ。

 葛飾八幡宮の近くにたたずむ2階建ての同館。ロビーは重厚な太い梁(はり)や柱が目を引き、優しい木材の温かみが感じられる。

 市によると、建物は旧国鉄の甲信越地区自動車局長だった小熊容徳氏の新潟県柏崎市の邸宅で、新潟県令だった祖父の六郎氏が1868(明治元)年に建築したとされる。小熊家は江戸時代の庄屋で6~700年続く旧家。77(明治10)年に明治天皇が北陸巡幸をした際の宿となり、山縣有朋らも訪れたという由緒ある建物だ。

 市川市が1949年に市制15周年を迎えるにあたり、記念事業として公民館の建設に関する議論が浮上。小熊氏の知人を通じて小熊邸が紹介され、現地視察を経て“採用”を決めた。解体移築され、同市初の公民館として52年5月に開館した。

 90年5月に改築されたが、正面玄関の車寄せとロビーは当時のまま。10年間乾燥した立派な木材が使用されているといい、令和の時代も重厚な明治期の面影を伝えている。

 開設後、200団体を超えるサークルの活動や市民の交流の場として親しまれてきた同館。だが、同館を始め隣接する八幡分庁舎や児童遊園などは施設の老朽化が進んでいる上、耐震性の問題、市民ニーズの多様化への対応のため、市は各施設を解体し、跡地に子育て支援や本との触れ合いなどを目的とした複合施設を建築することを決めた。解体作業は12月下旬~1月上旬に始まる予定。

 市はこれまで市議会で「玄関やロビーは当時の面影を残したまま改築している。由緒あるものなので、市内の公園に移築する方向で検討している」と答弁し、一部は保存する方針を明らかにしている。


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