吸盤使い岩登り ボウズハゼ 【海の紳士録】

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 海の博物館前は、潮がひくと広い磯が現れ、生き物の観察に絶好の場所となる。この磯に出現する稚魚を毎月定期的に観察しているが、先日見慣れない魚を採集した。研究室に持ち帰って詳しく調べたところ、ボウズハゼの稚魚であることが判明した。

 ボウズハゼは関東地方から南西諸島にかけて分布し、河川の上・中流域に生息している。では、淡水魚がなぜ海で採れたのだろうか。実はこの魚は川で産卵・ふ化して川を下り、仔稚魚期を海で過ごしてから、再び川へ上って成長するのである。このような回遊を両側回遊と呼び、アユやヨシノボリなどでも知られている。したがって、海の博物館前の海で採れたボウズハゼは、これから川へ上るところだったのであろう。

 和歌山県南部の河川では、ボウズハゼが川の上流へ上っていくときに面白い行動が観察されている。ハゼ類の腹びれは左右が癒合して吸盤状になっているのが特徴で、水の流れの速い場所でもそれを使って定位することが可能である。ボウズハゼは、唇も吸盤のように使うことが可能で、水の流れが激しい場所ではこれら2つの吸盤を使って尺取り虫のようにして前進することができるのである。水の中ばかりではない。垂直な崖が行く手に立ちはだかると、水がなくても吸盤を使って崖を登っていくのである。

 ボウズハゼの川での生態については、いろいろな研究が報告されているが、海での生態はまだほとんどわかっていない。海の博物館前で採れたボウズハゼは、いったいどの川で生まれ、どの川に上ろうとしていたのであろうか。(千葉県立中央博物館分館海の博物館 川瀬裕司)