芥川賞固執した太宰 思い伝わる書簡公開 船橋で企画展

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太宰が師事した佐藤宛てに、芥川賞受賞への思いを書き連ねた約4メートルに及ぶ直筆書簡=船橋市西図書館
太宰が師事した佐藤宛てに、芥川賞受賞への思いを書き連ねた約4メートルに及ぶ直筆書簡=船橋市西図書館
船橋西図書館が作成した「太宰治交遊録」
船橋西図書館が作成した「太宰治交遊録」

 かつて船橋町に住んで執筆活動していた太宰治が芥川賞受賞に固執していたことが伝わる書簡が、船橋市西図書館の企画展で公開されている。太宰は芥川賞の第1回選考で次点となり失意と怒りが入り交じる中、受賞には執着。芥川賞選考委員で師事していた作家の佐藤春夫宛てに「第二回の芥川賞は私に下さいまするやう、伏して懇願申しあげます」と切望。約4メートルに及ぶ書簡に切々と思いを書き込んだ。

 太宰は1935(昭和10)年7月~36年10月の約1年4カ月、船橋町五日市本宿(現在の船橋市宮本1)に住み、執筆活動を行っていた。生誕110年の節目の年に、ゆかりの地・船橋の西図書館が太宰の魅力に迫る企画展を実施。実践女子大学文芸資料研究所の協力で、太宰が船橋在住時に投函した書簡など7点、当時の船橋の町並みを撮影した写真のパネルなど約30点を掲示した。

 最も目を引く約4メートルの直筆書簡(36年1月28日、封書)は、芥川賞選考委員の佐藤に「こんどの芥川賞も私のまへを素通りするやうでございましたなら、私は再び五里霧中にさまよはなければなりません。私を助けて下さい。」と受賞を求め、なりふり構わぬ思いを率直に伝えている。

 また、直後には約1メートルの直筆書簡(同年2月5日、封書)を再び佐藤宛に送り、「芥川賞をもらへば、私は人の情に泣くでせう。そうしてどんな苦しみとも戦って、生きて行けます。」などと切々と訴え。後半はやや乱れた文面となっている。

 書簡後のやりとりもパネルで紹介。佐藤の呼び付けに応じて太宰が2月8日に佐藤宅を訪問すると、「待っていたのは芥川賞確約のうれしい話ではなく、(パビナール中毒)治療のため即刻入院せよという強い忠告だった」という。結局、太宰が芥川賞を手にすることはなかった。

 企画展では“入門編”として小中学生でも楽しめるイラスト「交遊録」も掲示。檀一雄、山岸外史らを太宰の「マブダチ」と紹介し、親しみやすい工夫も施している。

 企画展は10日まで。入場無料。開館時間は午前9時半~午後8時。問い合わせは船橋市西図書館(電話)047(431)4385。