袖ケ浦の時田敏さん 日章旗遺族のもとに 沖縄で戦死、元米兵が保管

  • LINEで送る

時田敏さんの日章旗を受け取った遺族(前列)ら=19日、袖ケ浦市役所
時田敏さんの日章旗を受け取った遺族(前列)ら=19日、袖ケ浦市役所
出口市長(左)から日章旗を受け取る時田幸子さん
出口市長(左)から日章旗を受け取る時田幸子さん
袖ケ浦市から出征し沖縄で戦死した陸軍中尉、時田敏さん(享年31)の日章旗が19日、戦後73年を経て遺族に返還された。
袖ケ浦市から出征し沖縄で戦死した陸軍中尉、時田敏さん(享年31)の日章旗が19日、戦後73年を経て遺族に返還された。

 袖ケ浦市野里(旧・平岡村)から出征し、1945(昭和20)年6月25日に沖縄本島で戦死した陸軍中尉、時田敏さん(享年31)の日章旗が19日、戦後73年の時を経て遺族に返還された。市役所で日章旗を受け取った敏さんの兄の孫、時田幸子さん(62)=同市=は「懐かしい郷里に帰ることができて故人も喜んでいると思う」としのんだ。

 市などによると、敏さんの日章旗は、沖縄に配属されていた米海兵隊の故ローバート・スティーブンズさんが戦地から持ち帰り、子のジェーン・ガーロットさんとともに大切に保管していた。ジェーンさんが、日章旗返還などに取り組む団体「OBON(おぼん)ソサエティー」の活動を知り、敏さんの貴重な遺品を遺族に返すことにした。

 日章旗(縦約75センチ、横約110センチ)には敏さんの名前に加え、1936(昭和11)年に満州に出征して以降、モンゴルや中国各地に赴いた39(昭和14)年までの転戦記録がびっしりと書かれていた。記載されていた「佐倉」の地名と敏さんの名前から、県や市の遺族会が調査し、持ち主を特定した。

 返還されることを知ったジェーンさんは、敏さんの親族に宛て「旗を入手した経路は分かりませんが、父は旗を丁重に扱い保管していました。ご親族が旗を受け取ることができ、心からうれしく感じています」とのメッセージを寄せた。

 同日、日章旗の返還式が市役所で行われ、敏さんの遺族6人と遺族会の代表らが出席した。出口清市長から日章旗を渡された幸子さんは「お寺で供養し墓前に報告したい。親族一同、感謝の心でいっぱい」と関係者への謝意をかみしめた。

 出口市長は「心の傷を少しでも癒やしてもらえれば。これを契機に戦争が二度と起こらないよう皆さんと祈りたい」と願った。