魅力あふれる歴史と文化 銚子と外川のまち歩き 【千葉地理学会連載 おもしろ半島ちばの地理再発見】

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高崎藩銚子陣屋跡
高崎藩銚子陣屋跡
外川港へと続く石畳
外川港へと続く石畳

 銚子は日本遺産「北総の4都市」の一つです。今回は銚子と外川のまちを歩きます。

 銚子といえばしょうゆ工場で、市内の二つの工場とも見学コースが整えられていますが、今回は少し目立たないところへ向かいます。銚子駅から双葉小学校に向かい銚子電鉄の線路を越えたところに銚子のしょうゆ作りに貢献した浜口梧陵の立派な紀徳碑があります。

 浜口は津波から村人を守った「稲むらの火」で有名ですが、紀州広村の醸造家の当主でした。この碑を見て双葉小の裏に回ると、大正年間に造られた往時をしのばせるしょうゆ工場の赤レンガ蔵が残っています。

 その塀沿いを進んで、大通りに出て右折すると間もなく、高崎藩銚子陣屋跡の碑があります。その先で飯沼観音圓福寺に出ます。板東三十三観音については以前紹介しましたが、戦災で焼失してしまった伽藍(がらん)も今では立派に再建されています。

 観音駅から銚子電鉄で犬吠駅に向かいましょう。銚子電鉄は乗っても駅巡りをしても楽しいローカル線です。

 犬吠駅から10分ほどで犬吠埼です。犬吠埼灯台は1874(明治7)年に英国人ヘンリー・ブラントンの設計で造られた西洋型灯台です。資料館で灯台の歴史や霧笛の実物に触れることができますし、灯台に登れば付近の地形が手に取るように望めます。

 特に眼前の愛宕山は銚子で一番高い山で地球の丸く見える丘展望台があります。この愛宕山の地質は千葉県で最も古い中生代1億5千万年も前のものです。

 犬吠駅からはバスか電車で外川に出ましょう。外川のまちは江戸時代の寛永年間に、紀州広村の崎山治郎右衛門が海難にあった時に銚子の人々に助けられた恩返しに故郷から140人もの漁師を呼び寄せ、漁港の建設やまちづくりに尽力したといわれています。

 外川のまちづくりの特色は碁盤の目状の通りで、漁港へと続く南側の八つの坂道にはそれぞれ歴史的に由来のある名前が付けられており、その名前のプレートも設置されています。

 駅からまっすぐ漁港へ下る道は新浦通り、外川から銚子へと続くのが一条通り、その他にも本浦通り、一心通りなどがあります。

 駅から一条通りに出るとすぐに外川ミニ郷土資料館があります。外川の歴史を学ぶのに絶好の場所で、館長さんが外川への愛情たっぷりに熱のこもった解説をしてくれます。さまざまな漁具や外川の町、港の変遷が分かる写真など、どれも貴重なものです。活魚問屋だった民家の建物を活用したボランティアのような郷土館ですので、開館日や時間を確認してから訪問するのがよいでしょう。

 最盛期には「外川千軒大繁盛」と呼ばれたにぎわいは昔の話となりましたが、歴史を伝える石畳の坂道を下っていくと外川漁港に出ます。

 港からは銚子ジオパークのサイトであり、中生代の地質からなる犬岩や千騎ケ岩も徒歩圏内ですし、さらに足を伸ばせば東洋のドーバーと呼ばれる屏風ケ浦へと行くこともできます。

 銚子はまち歩きの魅力にあふれています。

(秀明大・敬愛大非常勤講師 鎌田正男)