特攻隊員の冥福祈る 「翔天の碑」前で慰霊祭 銚子

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翔天の碑の前で冥福を祈る参列者=15日、銚子市春日台町の丸池・平和公園
翔天の碑の前で冥福を祈る参列者=15日、銚子市春日台町の丸池・平和公園

 終戦記念日の15日、かつて下志津陸軍飛行学校銚子分教場(飛行場)があった銚子市春日台町の丸池・平和公園で慰霊祭が催された。参列者約40人が石碑「翔天の碑」に手を合わせ、戦死した特攻隊員らの冥福と恒久平和を祈った。

 同分教場からは1944年11月、20歳代ぐらいの若者18人が「八紘石腸(はっこうせきちょう)隊」として特攻の命を受けフィリピンに向けて出撃。17人が戦死した。

 特攻隊の出来事を後世に伝えようと93年、有志が石碑を建立し、毎年終戦の日に慰霊祭を行ってきた。

 この日は妙福寺の広野観匡住職が読経し、地域住民らが石碑の前で手を合わせた。また、正午に合わせ黙とうをささげた。

 参列した旭市立第二中学校3年、関茂光さん(14)は「人の心がまひして命を軽く見るようになるので、戦争にならないでほしい」。当時、飛行場で働いていたという銚子市の梶木民子さん(90)は「お参りしてけじめをつけたいと思って来た。今は平和な世の中になった」と話した。

 例年は、出撃直前の隊員と偶然列車の中で出会った堺敬生さん(87)が実行委員長だったが、骨折で入院したため、今年は塚本登さん(69)が務めた。塚本さんは「戦争を防ぐためにそれぞれ何ができるか考え、行動することが大切」と力を込めた。