佐倉ゆかりの最強力士・雷電 生誕250年企画進む 案内板、一斉に刷新 顕彰碑隣に墓移設へ 【地方発ワイド】

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リニューアルされた雷電顕彰碑の案内板と佐藤住職=佐倉市臼井台
案内板の一つには雷電の実寸大の手形がデザインされている
雷電の妻の甘酒茶屋跡の案内板も洗練されたデザインに刷新された

 佐倉市臼井地区にゆかりのある江戸時代の名力士、雷電為右エ門(1767~1825年)の生誕250年を記念する取り組みが同地区で進んでいる。顕彰碑の案内板と、妻の生家の甘酒茶屋跡の案内板が今月、一斉にリニューアル。来春をめどに雷電の墓を顕彰碑近くに移設する計画も持ち上がっている。佐倉雷電顕彰会は「雷電の偉大さを振り返るとともに、佐倉の活性化にもつながれば」と話している。

(佐倉支局 平口亜土)

 雷電は幕内の通算成績が254勝10敗2分と無類の強さを誇り、「史上最強の力士」と称されている。妻のおはんは成田街道沿いにあった臼井宿(佐倉市)の甘酒茶屋の看板娘で、雷電は宿があった臼井地区で晩年を過ごした。

 顕彰碑は1978年、地元有志でつくる佐倉雷電顕彰会が同市臼井台の妙覚寺に建立。身長197センチ、体重169キロの巨漢だった雷電の等身大の絵とともに、「天下第一流 力士雷電之碑」との文字が刻まれている。その両脇に二つの案内板があったが、設置から40年近くが経過し、文字がかすれてほとんど読めない状態になっていた。

◆洗練されたデザイン

 案内板の刷新は、生誕250年の節目を盛り上げようと、地元有志が企画。案内板の一つは、土俵歴や家族構成、晩年の様子などを解説。もう一つは実寸大の手形がデザインされている。

 甘酒茶屋跡にあった案内板も新たなものに交換。旧案内板は文字だけのシンプルなものだったが、赤を基調とし、雷電とおはんの絵をフィーチャーした目立つ案内板へと生まれ変わった。

 雷電顕彰会の会長を務める妙覚寺の佐藤徳樹住職(50)は「案内板が洗練されたデザインとなり、分かりやすい内容になった」と喜び、「臼井と雷電の関わりを知らない人も多い。これを機に、多くの人にゆかりの地であるこの場所を訪れてほしい」と期待する。

◆スポット巡りに配慮

 顕彰碑から約500メートル離れた廃寺跡には、雷電夫妻と幼いうちに亡くなった娘の墓がある。雷電の墓は東京・赤坂や郷里の長野県東御市など計4カ所あるが、親子3人で葬られているのは佐倉だけ。ただ、細い路地を入った先にあるため場所が分かりづらく、顕彰碑を墓と間違える人も多いという。

 そこで、顕彰会は命日の2月11日に妙覚寺で毎年開かれている「佐倉・雷電祭」の来年の開催日までに、墓を顕彰碑の隣に移す計画。雷電ゆかりのスポットを巡る人に分かりやすくし、もっと多くの人を呼び込む狙いだ。

 佐藤住職は「出身地の長野県東御市では、生誕250年記念イベントが地元を上げて盛大に行われている。佐倉でも節目を盛り上げていきたい」と、地元ゆかりのスーパースターのさらなる発信に向けて意気込んでいる。