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カノン砲の薬きょうか 107年前に「発射」記述 ファンクラブに寄贈 富津第2海堡

第2海堡のカノン砲のものとみられる薬きょうを見つめる小坂会長=24日、富津市
第2海堡のカノン砲のものとみられる薬きょうを見つめる小坂会長=24日、富津市

 富津沖の第2海堡に設置された107年前のカノン砲のものとみられる薬きょうが見つかり、海堡の歴史などを検証する任意団体「東京湾海堡ファンクラブ」の小坂一夫会長(68)=富津市=に寄贈された。当時の衆院議員が視察した際に発射したものとみられ、軍事機密に包まれた海堡にまつわる数少ない現存資料という。

 寄贈された薬きょうは、長さ約1メートル、直径約15センチ、重さ約10キロの筒型。側面に赤字で「陸軍省寄贈克砲塔十五珊速射加農薬莢衆議院明治四十一年三月二十三日本院議員海堡参観ノ際発射ニ使用セシモノナリ」と書かれている。

 同クラブの役員で海堡の建設史に詳しい高橋悦子さん(52)によると、明治末から大正初めに海堡の建設を担当した陸軍大尉(当時)の日記に、1908(明治41)年3月23日に衆院議員160人が第2海堡を参観したとの記述があり、薬きょうの日付と一致。

 同海堡は1889(明治22)年に起工し、1914(大正3)年に完成したとされるが、07(明治40)年にはすでに大砲が設置されていたことを示す写真が残っているといい、薬きょうが存在しても矛盾はないという。

 国会事務局に務めていた男性が保管していたが、転居をきっかけに関係者に引き取ってもらおうと思い、同クラブの小坂会長に行き当たった。24日に譲り渡した。

 小坂会長は「初めて見た。海堡は軍事機密の場所で、第1海堡では戦後、住民が金属類を拾いに行っており、関連資料はあまり残っていない。これを機に海堡の事を広く知ってもらいたい」と意欲。海堡関係の展示がある県立中央博物館で紹介してもらいたい考えという。

 同クラブの役員で、海堡を研究する江戸川大学の高橋克教授(58)は「国会議員が視察に来ていた証明になり、海堡がそれだけ重要視されていたことを裏付けるものだと思う。地元の人にとっては『あって当然』の様に思われている海堡を再認識する機会になる」と指摘した。
 
 ◇海堡(かいほう) 首都防衛のため、東京湾口に3カ所造成された人工要塞(ようさい)島。旧日本陸軍の基礎を築いた山県有朋も構想に関わった。富津岬の沖合約1・5キロにある第1海堡は1890年、その約2・5キロ西の第2海堡は1914年、神奈川県横須賀市沖の第3海堡は21年にそれぞれ完成。現存する第1、2海堡はともに立ち入り禁止だが、第2はタンカーの船員などに向けた消防訓練施設として使用。第1は近年まで干潮時に歩いて渡ることができた。


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