大仁田厚氏の不出馬騒動 市長で電流爆破のつもりだった!? 「何がしたいのか分からない」「生き方、尊敬」【ちばとぴBuzz】

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袖ケ浦市長選の立候補断念を表明する大仁田氏=14日、木更津市役所
袖ケ浦市長選の立候補断念を表明する大仁田氏=14日、木更津市役所

 25日投開票の袖ケ浦市長選で、想定外の“前座試合”が繰り広げられた。元参院議員でプロレスラーの大仁田厚氏(57)が今月1日、会見を開き「縁もゆかりもない批判は承知の上。正式発表したい」と出馬への意欲を示したが、告示目前に一転不出馬を表明。「『還暦電流爆破』に向かってプロレス道を突っ走る!」と宣言して千葉を後にした。

 インターネット上では「ホッとしているのは市民」「生き方、尊敬してます」「何がしたいのか分からない」「騒動をプロレスの宣伝に使っただけ」とさまざまな反応、憶測が飛び交った。

■ プロレス興行で袖ケ浦に
 大仁田氏によると、今年7月に袖ケ浦市内でプロレス興行を実施するにあたり、数十回にわたり市内で営業活動を展開。「隣の木更津市は繁栄していて人口が増加しているのに、なぜ袖ケ浦は繁栄できないのか」と疑問に思い、市政の研究に着手したという。

 大仁田氏は今月1日の会見で「縁もゆかりもない批判は承知の上。(出馬への)意欲は十分にある。週明けにも正式発表したい」とぶち上げたが、週明けの5日になっても音沙汰はなし。ようやく告示4日前の14日に木更津市役所に記者を集めたかと思うと、「私、大仁田厚、まだまだ勉強不足。今回、袖ケ浦市長選には出馬しないことを決意いたしました」と仰天の“不出馬表明会見”を開いた。

■「馳さんの波に乗ろうと…」
 大仁田氏は当初、「(袖ケ浦を)知らないからこそ改革できる」と縁もゆかりもないことをむしろ前向きにとらえていたようだが、「選挙には金がいる、人がいる、組織がいると言われたら、どんどんへこんでしまった」「その土地を知らずして市政や歴史を語れるのかと言われると、難しいと痛感した」などと、1日以降、次第に意欲が減退した理由を説明。

 一方で、今月7日に発足した第3次安倍改造内閣で、プロレス界出身の馳浩衆院議員が文部科学大臣に就任したことを受け、「うれしく、その波に乗ろうとした自分も確かにあった」と語り、断念を前に心が揺れたことも明かした。

■いつか「市長さん」に
 ただし、元参院議員の大仁田氏は政治家として、首長になる夢を完全にあきらめたわけではないという。

 会見では、「ここだと思ったところに根を張り、そこに住む人たちとコミュニケーションをはかり、いつか市長さんになりたいなというのはある」と熱弁。記者団から「いつか市長に、と言ったが、袖ケ浦以外も含めて?」と問われると、「そうですね」と答え、必ずしも袖ケ浦でなくてもよいことを認めた。

■ネット、地元の反応
 騒動を受け、ネット上では「どこでもいいって、首長になる意味あるの?」「結局、何がしたかったんだ?」「あんまり政治を舐めないでほしい」と批判的な声が多い中、「出馬取りやめになったけど、おかげで袖ケ浦の名前が広がったと思う」「目指すのは自由なんで頑張って下さい」「大仁田さんの、生き方、尊敬してます」といった肯定的意見も一部で見られた。

 また、「出身地で出なよ」「本気で市長や知事になりたいなら、そこへ移り住んで、毎朝駅頭で演説するくらいから始めないと」と、真剣に選挙に関するアドバイスを送る人もいた。

 ちなみに地元袖ケ浦では、「一連の騒動がパフォーマンスだったのでは」と冷めた反応を示す人や、“大仁田市長”誕生に一時期待したものの不出馬会見の内容を聞いて「かばえない」と落胆する人がいた。

■還暦電流爆破
 ところで、大仁田氏が会見で口にした「還暦電流爆破」とは一体何なのか-。

 プロレスラー大仁田厚と言えば、危険な「電流爆破デスマッチ」が代名詞。大仁田氏は、スポーツ紙のインタビューで、2年後に還暦を迎えた時点で電流爆破を終え、一線から退くと公言している。そのかねてからの目標を、木更津市役所であらためて強調した格好だ。

 今回は苦渋の決断で不出馬となったが、仮に、大仁田氏が今回立候補して当選していたら…。2年後の還暦時はまだ任期途中。政治家とプロレスラーの二足のわらじを続け、市長としてキャリア最後の電流爆破デスマッチにのぞむつもりだったのだろうか?

 任期満了に伴う袖ケ浦市長選の“本番”は、18日に告示、25日に投開票。現職の出口清氏(69)と元市議で新人の福原孝彦氏(59)の一騎打ちとなる公算が大きい。