市橋受刑者の手記を映画化 ディーン・フジオカ監督インタビュー<下>

◆撮影中負傷も撮影を続行

 ――初めて監督に挑戦し、主演を兼ねました。難しかった点は。

 ディーンさん:監督と主演を兼ねるというのは、仕事の内容として、不可能に近いことだと思います。役者として入り込まなければならない時に、例えば唇を切るシーンで、それを演じる上でアドレナリンが出るようなところまで持っていかなければ絵として成り立ちませんが、そのような肉体的、精神的状態で「カット」して呼吸も荒い中でモニターを確認しても、「OK」かどうかなんて冷静に判断できません。

 撮影3日目の廊下で警察官に取り囲まれて逃げるシーンで、カメラのフレームでアキレス腱を切ってしまいました。足が血だらけで、そのまま救急病院に行って6針縫いました。1カ月間安静で2週間歩いてはいけないと言われ、俳優として「やばいな」という気持ちでしたが、監督としては撮影を中断するお金もないということで、その後車椅子で移動し、カメラが回る瞬間だけ立つという形で撮影を終えました。

 監督として勉強しておくべきことを準備できずにスタートしたので、俳優としての現場経験はあったにせよ、足りないものがあまりにも多かった。スタッフのサポートのおかげでこの作品は完成しています。

 ――撮影にあたり、どのような取材をしたのでしょうか。

 ディーンさん:担当弁護士には会いに行きました。本人にも会いに行く予定でしたが(当時)裁判中だったので、人に会える精神状態ではないという弁護士の判断で却下になりました。

 後は、彼が逃げた場所、例えば青森で唇を切ったトイレをいくつか絞り込んで見に行ったり、沖縄の潜伏先だったオーハ島にも行き、そこの空気を持ち帰ったというか。逮捕された大阪のフェリーターミナルにも行き、働いていた人たちに逮捕時の様子を聞いたり、(市橋受刑者が肉体労働に従事した)西成地区に行って疑似生活体験をしたりしました。

 ――オーハ島のシーンは、現地で撮影したのでしょうか。

 ディーンさん:島に渡る場面や、島内のジャングル、コンクリートの小屋の外観は本物を使いました。ただ、小屋の内部については空間的に狭くて機材が置けなかったので別の場所で撮影しました。

 冬だったこともあり、とにかく寒かった。風が強くて皆震えながら撮影しました。その前に新潟での撮影もありましたが、オーハ島で過ごした3日間の方が寒かった。地面も歩く場所がなく、皆で機材を担いで移動しました。夜は何も見えないし、誰もいないあの状況が、手記の中では「一番落ち着いた時間だった」とありましたが、自分にはそれが異常に感じられた。人の目を気にして逃げ続けると、恐怖心や警戒心で神経が磨り減らされるのか。普通ならすぐに逃げだしたくなるような(オーハ島の)環境で何カ月も過ごすことの方が落ち着いていられるというのは、異常であることが現地に行ってよく分かりました。

 ――弁護士との話の中で、手記の中にない事実は確認できましたか。

 ディーンさん:脚本の立ち上げ段階で、リアルさにとらわれた時期がありましたが、進みませんでした。人を殺して逃げた人間を正確に映画化して何になるのかと思い、リアルさを求める作業から次第に離れていきました。その段階で、別に本人と直接会わなくてもいいなとも思いました。もちろん、弁護士さんから色んな話は聞きました。本人の生い立ちや事件までの流れ、裁判の記録を一つ一つ並べてプロファイリングのようなこともした上で、これを映画化する意味は何なのかという原点に立ち返って最終的な脚本に辿り着きました。

◆「変な達成感があったのでは」

 ――市橋受刑者は大学卒業後、仕送りで生活していました。ですが、逃走期間中、彼は過酷な肉体労働にも従事した。第三者から見れば、「捕まった方が楽だったんじゃないか」という感想もあると思います。本人を演じ続ける中で、多少なりとも理解できた部分はありますか。

 ディーンさん:最初は、逃げ続ける癖が付き、自分の責任にコミットメントできない人間という仮定がありました。演じていく中で(市橋受刑者は)その先に“変な達成感”を感じるようになったのではないかと考えるようになりました。警察の前を通ってばれずにほっとした時の、変な達成感。友達も作れず、仕事を頑張っても行き着く先がまったくない状況の中で、自分の生きている意味を感じるために、変な達成感を自然と感じるようになっていったのではないか。そして、その延長線上で本を書いたのではないのか。「歪んだトロフィー」を作っていく感覚というか。

 ――映画を見て、どのように感じてほしいですか。

 ディーンさん:逃げる癖はつけてはいけない、ということです。挑戦していく姿勢がなく自分の気持ちの良いところでおさまって、その日その日が過ごせてしまうと、どんどんネガティブになっていく。市橋受刑者の場合は最悪のケースで、人を殺してしまいました。彼は迫り来る壁があれば逃げて、別の壁が来れば逃げて、結果、四方を囲まれた場所(刑務所)にいるという皮肉な状況にある。そういう風にならないようにしなければいけない。

 映画公式サイトはhttp://ichihashi-movie.jp/。劇場の他、ネットでも配信中。

 【プロフィル】でぃーん・ふじおか 1980年生まれ、福島県出身。千葉県内の高校を卒業後、好きなバンド「ニルヴァーナ」の影響で米シアトルに留学。カレッジ卒業後、アジア各国を旅する中で、香港でファッション誌の編集者に声をかけられモデルデビュー。活動が注目を浴び、映画「八月的故事」の主演に抜擢され俳優としてのキャリアがスタートする。その後、活動拠点を香港から台湾へ移す。映画、TVドラマ、PV、CMなどでの演技が評価を受け、中華圏エンターテイメントの新星として旋風を起こす。

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