市橋受刑者の手記を映画化 ディーン・フジオカ監督インタビュー<上>

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◆「逃げる癖があったのでは」

 2007年に市川市で発生した英国人女性殺害事件。犯人の手記を原作とした映画「I am ICHIHASHI 逮捕されるまで」が、劇場とインターネット上で公開され、賛否両論を巻き起こしている。市橋達也受刑者について「逃げる癖があったのでは」と仮定し、2年7カ月間の逃走劇を演じた殺人犯の内面に迫った同作品。監督・主演・主題歌の3役に挑戦した台湾を拠点とする本県ゆかりの日本人俳優、ディーン・フジオカさんに話を聞いた。(聞き手 ちばとぴ編集部・荒牧航)

 ――千葉県内の高校を卒業後、海外に出て活躍されています。事件をいつ知りましたか。

 ディーンさん:リアルタイムではなく、映画の出演オファーが来て初めて知りました。そこから手記(「逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録」)を読んだり、後追いでこの事件の社会的な影響力を知りました。(市橋受刑者の)身勝手などん欲さが強いインパクトとしてありました。

 ――最初は俳優としてのオファーで、別の人が監督を務める予定でした。

 ディーンさん:日本での最初の仕事としてどうかなと思いましたが、台湾や香港では俳優として「いい人」の役が多かった中、挑戦したいと思い、プロデューサーらに会いました。(監督が決まらず)プロジェクトが半年間動きませんでしたが、俳優として準備を続けました。毎日事件や映画のことを考え、疑問やアイデアを貯めていく中、いきなり東京に呼ばれて(監督の)オファーをもらいました。半年間、プロジェクトを深めるには十分な時間だったので、監督として作品を作るためのコアなコンセプトはできあがっていました。

 ――当初周囲から忠告を受けたということですが、一定の批判を覚悟して制作にのぞんだのでしょうか。

 ディーンさん:やらなければいけない使命感のようなものがありました。今振り返ると何の勘違いだったんだろうと思いますが、こんな悲惨な事件はあってはいけないし、手記が出版されたこと自体おかしいなと感じていました。本人がどういう人間かは会ったことがないので分かりませんが、市橋受刑者を追い続ける過程で自分の中である犯人像が育っていきました。その犯人像に対して、逃げ続けることで彼が「間違った達成感」を感じたり、本を書くことが「何らかのトロフィー」であるように思っているのであれば、そのような考えは壊さなければいけないという使命感のようなものがありました。

 (市橋受刑者は)殺人を犯す前から、ずっと逃げ続けていたのではないかという仮定がありました。壁にぶつかるたびに逃げる。事件でも(被害者に)逃げられたら困るから押さえつけて殺してしまったり、自首するのが恐いから逃げ続けたり…。

 ――映画公開後、映画の内容よりも、台湾などで活躍する監督の経歴だったり、映画を制作したことの是非に焦点を当てるような形でメディアに取り上げられたことをどう思いますか。

 ディーンさん:作品を見てもらってなんぼかなと。作る前も色々言われたし、公開後もいまだにぶつかってくる意見がある。映画を見た人からの批判は覚悟して作っています。自分の言葉が(メディアに)露出したものを後追いで見ると、そういうつもりじゃなかったんだけどな、と思う時はありますが、こういうことは想定していました。自分が(映画の中で)やろうとしたことはブレていないし、見てもらってメッセージ性が伝われば良いと思います。

◆原作とはまったく違う脚本を書いた

 ――市橋受刑者の手記を原作とうたっていますが、事件と映画を重ね合わせるべきなのでしょうか、切り離すべきなのでしょうか。

 ディーンさん:監督としてはっきりさせてきたのは、自分はあの原作とはまったく違う脚本を書き、映画を完成させたということ。もちろん、原作の権利を映画会社が買い取って映画が成り立っていることは理解しており、原作から最初に感じた市橋受刑者の逃げることへの自分勝手などん欲さは忠実に描いたつもりです。ただし、彼がどこをどう逃げたかといった部分は、自分にとってはどうでも良いことで、あの本がフィクションなのかノンフィクションなのかという議論もありましたが、それもあまり自分には関係がなかった。(事件や手記から)インスパイアされた、ぐらいの感じです。

 ――凄惨な事件を描いた映画作品の中でも、是枝裕和監督の「誰も知らない」やガス・ヴァン・サント監督の「エレファント」などは、いずれもモチーフとなった事件は明らかですが、表現としては事件の再現ではない内容になっている。これまで話をうかがった限りでは、ディーンさんも同じようなスタンスだと思いますが、とは言え「I am ICHIHASHI」という題にした。この点はどう受け止めたら良いのでしょうか。

 ディーンさん:これは映画の中身というより映画業界の話になるのかもしれません。今回、初めて日本で仕事をし、監督に挑戦した。業界的な常識が、自分は良くも悪くもまっさらだったので、「え?」と思うことは多々ありました。自分が新人だったからかもしれませんが、プロモーションは自分がどうこう言えることではありませんでした。市橋受刑者の手記を映画化し(ディーンさんが)監督をするという順番があった。その中で、自分の理想と突きつけられた現実の間を埋めるために、自分の創造性やクルーのサポートなどがあって、ぎりぎりのバランスで成り立った作品だと思います。市橋達也という人間が被害者を殺したところを描く作品では決してなく、彼が事件を起こす前から逃げ続ける癖があり、その末路から僕らが学べるところがないか、というところに焦点を当てました。

 市橋受刑者の手記を映画化 ディーン・フジオカ監督インタビュー<下>

 映画公式サイトはhttp://ichihashi-movie.jp/。劇場の他、ネットでも配信中。

 【プロフィル】でぃーん・ふじおか 1980年生まれ、福島県出身。千葉県内の高校を卒業後、好きなバンド「ニルヴァーナ」の影響で米シアトルに留学。カレッジ卒業後、アジア各国を旅する中で、香港でファッション誌の編集者に声をかけられモデルデビュー。活動が注目を浴び、映画「八月的故事」の主演に抜擢され俳優としてのキャリアがスタートする。その後、活動拠点を香港から台湾へ移す。映画、TVドラマ、PV、CMなどでの演技が評価を受け、中華圏エンターテイメントの新星として旋風を起こす。