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駅伝日本一の名門・仙台育英が生んだ歴代最高の天才美少女ランナーの“今”

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11月18日放送、TBS系『消えた天才』マラソンを1度も走ることなく陸上界から姿を消していた美少女ランナーを大追跡(C)TBS

 陸上長距離界日本一の名門校、宮城・仙台育英にも、“消えた天才”がいた。18日放送のTBS系『消えた天才』(後7:00~8:54)では、“スポーツ名門校 歴代No.1の天才SP”と題し、一流アスリートを輩出する名門校にスポットを当て、その関係者などが選ぶNo.1の天才を調査。同校史上最高と言われながら、悲願であったマラソンを1度も走ることなく陸上界から姿を消していた美少女ランナーを追跡した。

【写真美少女ランナーについて語る高橋尚子氏

 70年の歴史がある全国高校駅伝の中で、歴代最多10回の優勝数を誇る仙台育英。野球やサッカーなどの競技でもその名は知られているが、陸上部の強さは規格外。男子は7回、女子は3回の全国一に輝いている。
 
 そんな陸上長距離界日本一の名門校で、史上最高の天才と言われた女子高生ランナー。彼女について、女子マラソン界のレジェンドである高橋尚子は「彗星のごとく現れた天才」、増田明美も「陸上界が震えた」とその印象を語る。

 その天才は、1年生で迎えた全国高校駅伝で12人をごぼう抜きするという記録を出し、3年生では実業団のトップ選手も参加する1万メートルの大会に出場し、日本人トップでゴール。当時のジュニア日本記録を更新し、史上初の高校生で1万メートル世界陸上代表に選ばれた。

 高校卒業後は、実業団の名門チームに所属し、将来の女子マラソン界を背負うと誰もが思った。当時の天才を知る高橋も「マラソンに転向すれば、メダルを獲れる逸材だった」と期待していたという。しかし、彼女はマラソンを一度も走ることなく、陸上界から姿を消した。

 番組のインタビューに応じた天才は「夢はマラソンで金メダルを獲ることだった」と思いながら、その夢をかなえることができず、「毎晩泣いていた」「生きるのも嫌だった」と、当時の心境を告白する。絶望の日々を経て、衝撃の転身を果たした現在にも迫る。