あうんの厚み、舞台袖の覚悟 「そして、幕があがる~劇団M.O.P.と共に」林建次著(長崎出版・2200円+税)

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 林の本を紹介するのは2回目だ。被写体は処女作が無名のボクサーで、今作が劇団M.O.P.。一見無関係のようだが、ドキュメンタリストの目には姿が重なる瞬間があった。その一瞬にカメラは肉薄する。

 本書は10章構成。一つの公演(「エンジェル・アイズ」など)が披露されるまでの役者の初顔合わせから稽古(けいこ)、裏方・演出の仕事を丹念に追い、本のなかほどに晴れ舞台のページを多く割く。劇団員すべてのエネルギーが観客に向けさく裂。第8章の稽古と本番の平行カットから役者の顔が激変しているのが分かる。しかし、その顔は劇団を主宰するマキノノゾミの演出のさえによる仮面なのである。

 林の狙いは化粧を施された舞台写真にない。巻頭を飾る本番直前の舞台袖の役者たちの姿にこそある。薄暗い孤高の空間。深い静寂の時。ある者は目を固く閉じ、またある者は遠くを見つめ、自分だけの世界をつくっている。胸の動悸(どうき)の早まりが聞こえてくるようだ。この“覚悟の瞬間”が、リングイン直前のボクサーと二重写しとなるという。

 林は3年の密着取材によって、役者が張ったこの結界を破る。これこそ優れたドキュメンタリストとして彼の面目躍如たるものがある。やがて役者の出番が訪れる。さんさんとライトが輝く舞台に向かって一散に駆け出す。その姿に神が舞い降りる。あうんの呼吸の出演、それに写真家のあうんの厚みが加わった絶妙のショットだ。

 彼の写真を目にする時、生に対して敬虔(けいけん)な気持ちになる。画面から神意にも似た空気を感じるのはなぜだろうか。それは、彼がバイク事故で右腕の機能を失ったことに大きく関係する。あの事故から16年、いつも生の神聖な一閃(いっせん)を追い続けてきた。林にとって撮ることは生きることと同義語なのだ。

 多くの名優を輩出した劇団は今夏、旗揚げから26年の歴史の幕を閉じる。本書に接すれば、有終の美その輝きを必ず見たくなる。(文化部 安原直樹)


写真集の狩人