小惑星探査機「はやぶさ」が、約60億キロの宇宙の旅を終え、7年ぶりに地球に戻った。月以外の天体に着陸し帰還したのは世界初、宇宙飛行日数2592日は最長記録。日本の技術の高さをアピールし、宇宙開発史に大きな足跡をしるした。この成果を継承、発展させる取り組みが求められる。
はやぶさは、将来の本格的な宇宙探査に向けた技術の実証機。2003年5月に打ち上げられ、通信途絶や制御不能などの致命的ともいえる幾多のトラブルに見舞われたが、地上からの巧みな運用と工夫、技術力でしのいだ。電気の力で少しずつ加速する軽量のイオンエンジン、自律的に小惑星に接近する能力など、先進技術を実証。予定より3年遅れながらも、帰還を成し遂げた。
大気圏突入で、本体はほぼ燃え尽きたが、カプセル(直径約30センチ)はオーストラリア南部の砂漠に落下、回収された。中には、はやぶさが小惑星「イトカワ」に軟着陸した時に、舞い上がった砂粒が入っている可能性がある。一粒でも回収できていれば、これも世界初。太陽系の形成初期を理解する貴重な手掛かりになり、業績はさらにワンランクアップする。
イトカワは「日本の宇宙開発の父」と呼ばれる糸川英夫博士(1912~99年)にちなんで命名された。博士は50年代、現在の千葉大学西千葉キャンパス(千葉市稲毛区)の位置にあった東大研究施設で、「ペンシルロケット」開発、発射実験の研究を進めた。このため、千葉は日本の宇宙開発研究“発祥の地”の一つに数えられる。この研究から五十数年を経て、日本の探査機が世界をリードする成果を上げた。
同市科学館では、はやぶさをテーマにした映像作品をプラネタリウムで上映している。トラブルを乗り越え、任務を成し遂げる探査機の足跡を紹介する内容で、「帰還」が話題になり始めてから入場者が急増。「感動で涙する入場者も少なくない」(同館)という。
この感動を風化させることなく、次世代に伝えなければならない。はやぶさの偉業で得られた自信を背景に、研究者には貴重な技術を継承、発展させる後継機開発の取り組みを望みたい。もちろん、国の財政的な支援強化が欠かせない。