新年の夜空に満月が輝いた。丸い盤の周りに銀の粉を撒いたように、月の輪郭を軸に、光が空に拡がった。願い事をしたら何でも叶いそうな、眺めているだけでこちらの心も澄んで来るような、美しい月だった。満ち欠けしながら空に浮かぶこの月に、昔から人はどれほどの願いを託してきたことか。「悠久」と言う言葉が思い浮かぶ。もともと此の世には、「時間」と呼ぶものはない。時間の概念を作ったのは人だ。大きな流れだけがあって、その流れはゆったりとどこかへ落ちて行き、又もとの場所へと還って来る。その流れの中で、私たちはあれこれと思い煩い、策をめぐらせ、せわしなく動き回っているに過ぎないのだろう。
日が昇り日が沈む。月が満ち、月が欠ける。そして、潮が満ち潮が引く。そのリターンの中で、生命は生まれたり死んだりするだけのこと。私たちの祖先は、宇宙の鼓動に合わせてゆったりと生きてきた。だが、今、私たちは、グレゴリオ暦と言う自然のサイクルとは異なる暦の流れを、更に分刻み秒刻みに小分けしながら生きている。「早く早く」「もっともっと」と、何かにせかされながら。宇宙の呼吸に合わせて生きれば、悠久の時を味わえるのに、そのリズムを無視して生きているのだから、息切れするのも無理はない。
一年の計は元旦にありだ。今年は暮れから元旦にかけて、来し方行く末をあれこれ考えさせられる出来事に遭遇した。その時、心を鎮める為に開いた本の言葉が、心に深くしみた。落ち着かない心を鎮めてくれた本は、加島祥造さんの「タオ-老子」だった。難解な老子の教えを、詩人である加島さんが易しい言葉で訳してある。易しいが深い。深くてしなやかな思想だ。「足るを知る」「争わない」「在るがままに」。この三つの言葉を、私は新しいノートに書き留めた。言葉にすると単純だが、どれも「自我」を捨てなければできないことばかり。いいわけ、見栄っ張り、損得勘定で生きる事……苔のように心に張り付いた自己中心的な思いを、きれいさっぱり洗い落とせたら、どんなに清々することだろう。・・・
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