正月早々、友人に「故郷に恋してるみたいだ」と言われてしまった。恋とは乞うこと。ならばやはり、これも恋なのだろうか。
暮れから正月にかけて故郷の安曇野で過ごし、佐倉の自宅に戻ってきたが、何となく故郷を引きずったまま、年明けの日々を過ごしている。年々気弱になる父母に心が残るせいもある。だが、変わり行く故郷に在りながら、変わらずに在り続けるものが私の気持ちを捉えて離さない。その変わらないものとは、山であり河であり樹であり大地だった。そして、その山や河や樹や大地に宿っている、眼には見えないけれど確かに在る「ふるさと」と呼ぶしかない何かだった。
帰ったら必ず行こうと心に決めていた場所を、今回はいくつか訪ねることができた。安曇野には「八面大王」と呼ばれる鬼の伝説が残っている。その八面大王が立て篭もったと伝えられる「魏石鬼窟(ぎしきのいわや)」も、訪ねたかった場所のひとつだった。標高二二六八メートルの有明山のふもとにある。巨大な花崗岩の天井を持つドルメン式の古墳で、年代は六世紀後半と推定されている。安曇野には、古墳群がいくつかあるが、魏石鬼窟は山裾にぽつんと独立して存在する。
そこを初めて訪ねたのは、小学校二年の遠足の時だった。鬼が住んでいた穴だと聞かされて期待して覗き込んだものの、中にはいくつか石が見えるばかり。埃っぽいただの穴ぐらだった。期待が大きかっただけに、ひどくがっかりしたのを覚えている。道中、同級生が靴を片方、大王橋から川に落とした事の方が、大事件として記憶に残っている。
だが、大王伝説そのものは骨太で勇ましい話だ。伝説のあらましはこうである。八面大王は村の子どもや女をさらっては喰っていた。そこへ朝廷の命を受け、坂上田村麻呂が退治にやってくる。だがどんな太刀や弓矢を使っても歯が立たない。困っていると観音様が現われ、「三十三の節を持つ山鳥の尾で矢羽を作り、その矢で大王を射よ」と告げる。有明山のふもとに住む矢村の弥助がその羽を献上し、大王は田村麻呂に討たれる。前記の物語は、私が子ども時代に親しんだものだが、数年前、大王伝説は形を変えて私の前に現われた。大王は鬼ではなく、朝廷の圧政に対し立ち上がった地方豪族、安曇族の英雄として描かれていた。...
【メモ】「信濃安曇族の謎を追う」近代文芸社・坂本博