本の贈り物

■プロフィール
藤原あずみ イラストレーター。1958年長野県安曇野市生まれ。佐倉市在住。主な作品は「野あそびいっぱい 植物編」(萌文社、中山康夫著)、「お話とあそぼう」(一声社、末吉正子著)など。「第18回小さな童話大賞 山本容子賞」、「第9回ミツバチ絵本コンクール佳作」、「第48回千葉文学賞」など受賞。


「約束」 『雪女』


 雪の夜、母とふたりで歩いた記憶がある。傘も持たず、顔中に雪をかぶりながら黙々と歩いていた。近所の家に何か届け物に行った帰りだった。行きの足跡は、新しい雪が積もってえくぼのような凹みになっていた。電灯の下を通りながら上を向いた。茫洋とした暗い空から果てしなく落ちてくる雪が見えた。あたりには雪の気配しかなかった。雪の中で人は無口になる。無心に降る雪に、身も心もゆだねてしまうからだろうか。

 降る雪には、かすかな音がある。心が作り出す音なのか、雪と雪とが触れ合う音なのか、積もった雪に落ちる新しい雪の音なのか……。降っていた雪が唐突に止む時も、音がする。しんしんと降っていた雪の音が消えるので、その静けさが一瞬音になるのだ。天と地がそろって息を呑む音。空耳のような音である。

 雪は空の祈りなのかもしれないと思う時がある。騒がしく目立ちたがるものたちをすべて一度白い中に埋めて、私たちに問いかけている。本当に大切なものは何かと。道も看板も橋も家も埋もれた白い世界で、自由なのは鳥と子どもたち。

 父方の祖母が亡くなった日も大雪だった。私は中学二年生だった。雪まみれで学校から戻ると、家には人がつめかけていた。水仕事で手を赤く腫らした近所の人が、白い割烹着姿で、私を祖母の前に連れて行ってくれた。菊の花と線香の匂い。白い布団の中の小さな祖母の体。その時初めて涙が出た。夜、祖母の額にそっと触れた。てのひらが感じたのは一枚の薄い皮。その下に氷のように硬くて冷え切った祖母が在った。てのひらを通して伝わってきたのは、何もかも拒絶する冷たさ。額の薄い一枚の皮が、初めて知った生と死との境目だった。だが、身が凍るほどのその冷たさを「死」と呼ぶのだと知っても、若い私は祖母の死と自分の死とを結びつけて考えることはできなかった。翌朝は快晴で、青い空の下で積もった雪が銀盤のようにきらめいた。まぶしい光の中で、私は祖母の死よりも自分の生を確認していたような気がする。

 雪が降ると、小泉八雲の『雪女』を思い出す。『怪談』に納められたこの話は、ぞっとするほど美しく怖い。吹雪の小屋で一夜を明かした茂作と巳之吉。そこに雪女があらわれ、二人に息を吹きかけて命を奪おうとする。だが、若い巳之吉に雪女は情けをかける。「おまえは助けてやろう。その代わり、此処で見たことは誰にも言うんじゃない。もし洩らしたら、その時は命がないよ」。

 巳之吉はその誓いを守る。そして、お雪と言う美しい娘と夫婦になる。ある日、ふとお雪の横顔があの時の雪女に見え、誓いを破って話をしてしまう。お雪はいきなり、針仕事をそこに投げ出し、ついと立ち上がる。「その雪女は私じゃ。あの時、洩らしたら命はないと言ったものを。だが、そこに寝ている子どものことを思えば、そなたの命はもらえぬ……」。

【メモ】怪談より『雪女』・小泉八雲・講談社学術文庫

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