奥多摩の美術館で、犬塚勉の絵を見た。むせ返るような外の新緑に負けず劣らず、山小屋風の美術館の中で、絵の中の緑も深く濃く瑞々しかった。
繊細なのに力強い絵だった。密度の濃い写実が、いつかどこかで見た光景ではないかと記憶をくすぐる。だが、それはいつだったかどこでだったか曖昧なまま、現実のどこかとは決して重ならなかった。それでいて懐かしさに胸が痛む。好きだと思った瞬間、絵は動き、流れ出した。その流れに身を任せながら、絵を見た。森や林はむろんのこと、どっしりとしたブナの切り株の絵にも、鎮まった大きな岩の絵にも、微風を感じた。画家の魂が風になり、静かに、或いは激しく、絵の中を吹き渡っている。その時、犬塚勉は風景を描いたのではなく、心の内を丹念に描いたのだと思い当たった。スーパーリアリズムと評される絵。リアルを超えた絵の中には、画家の魂があった。
先日、彼の画集を手にし、創作ノートを読んだ。
「考えて考えて答えを出すのではなく、考えないで考えないで答えになる。(中略)答えは導く必要はない。絵は必ずやってくる。やってくるものだけが絵である。やってくるものだけが本物である。まったく自分を白紙にしておくこと。完全な白紙、無。そこに予想だにしない答えがやってくる」
厳冬の雪や冷水で布を晒すように、ストイックな生き方で画家は魂を純化した。自然食、ヨガ、野営、登山、そして、毎日絵を描くこと。真っ白い心をキャンバスに、彼は自然を写し取った。感性という筆を使って。
三十八歳の時、画家は谷川岳で遭難死した。遺言のような創作ノートを読み終えた今、彼は死んだのではなく自然と一体化したのではないかと思えて仕方ない。険しい山の稜線を、「ああ、心よ心、広がれ、深まれ」と風になって吹き渡っているのではないかと。
犬塚勉の魂に重なる、一篇の詩がある。作者は韓国の詩人、尹東柱(ユン・ドンジュ)。彼は日本の軍国主義の犠牲となって、福岡の刑務所で獄中死した。二十九歳だった。
「死ぬ日まで空を仰ぎ/一点の恥辱(はじ)なきことを、/葉あいにそよぐ風にも/わたしは心痛んだ。/星をうたう心で/生きとし生けるものをいとおしまねば/そしてわたしに与えられた道を/歩みゆかねば。今宵も星がかぜにふきさらされる。」
此処にも、吹き渡る風がある。純化した魂がある。研ぎ澄まされた感性の結晶は、みな風のように自由で、どこか懐かしく哀しいのだろうか。無駄のない易しい言葉が、風景を連れてくる。風景の中から、次々と情感が生まれくる。
「<樹>/樹がおどればかぜがふき、/樹がしずまればかぜもやむ」
「<あの娘>/いっしょに咲いた花より早く実ったりんごは先に落ちました。/今日も秋風はいつものとおり吹きます。/道の辺に落ちた紅いりんごは道ゆく人が拾っていきました。」
「<爺い様>/倭の餅はにがいのに/甘いと言い張る」「<はる>うちのあかちゃんはへやのすみですやすや、/ねこはかまどでごろごろ/そよかぜがきのえだにさやさや、/おひさまがなかぞらできらきら」
見つめるものは、自然でも人でも同じだろう。心から余分なものを消し去って、澄んだ目で対象を見つめた時、魂と対象との同化が起きる。ひとつになる幸福感を知った者は、もう引き返さない。自分が信じた一本道を、まっすぐに振り返らず歩いていく。
【メモ】「空と風と星と詩」尹東柱・伊吹郷訳・影書房