「ひと裁ち折り紙」は折り目から生み出される新しい折り紙遊びだ。考案者は建築士の山本厚生さん。折って折ってひたすら折り続けて、決められた場所をはさみでパチンとひと裁ち。切った紙を広げると、そこにはシンメトリーの美しい形が姿を現す。葉っぱ、蝶、花、鳥、魚、アルファベットに数字……指先から生まれるマジックに、見ている誰もが釘付けになる。以前何度か「ひと裁ち折り紙」の会に参加させていただいた。幾何が苦手の私には、折れ線が重なる毎に紙の中でどんな形が生まれようとしているのかまるで見当がつかなかった。ただ、教えられたとおりに折るのみ。だがその分、紙を広げた時の驚きは大きかった。ひと裁ち折り紙で作ったハートに「PEACE」と書いたものを、以前、会で戴いたことがある。「PEACE」。その文字には、静かだが熱い思いが込められている。
山本厚生さんの父、山本幡男さんは、シベリアに抑留されていた。日本への帰国(ダモイ)を誰よりも強く信じながら、極寒の地で無念の死を遂げた。過酷な収容所生活で、次々と仲間が命を落とし、生き残った人たちも希望を失っていく。その中で、山本さんはロシア兵との通訳をこなし、句会を開き、新聞を発行して、ともすればくじけそうになる仲間の心を支えた。病に倒れ死の淵を彷徨いながらも、決して希望を捨てることはなかった。
山本さんの信念を守ろうと、仲間たちは彼の遺書を家族の元に届けることを決意する。検閲を逃れる為に、遺書は「記憶」という方法で運ばれることになる。見つかったら命の保障はない。彼らは命がけで四通の遺書を何度も書き写し、暗誦を繰り返し、頭と心に刻みつけた。そして、遂に遺書は無事に家族のもとへと届けられた。
山本さんの思想と仲間たちの友情に強い感銘を受けた辺見じゅんさんが、平成元年、ノンフィクション『収容所からの手紙』を刊行。その八年後、同じ作者による『ダモイ遥かに』が、新たなエピソードをいくつか加えて、重厚な物語となって出版された。ロシア人の少女ミーシャと山本さんとの交流、国境を越えて飛ぶ鶴の足に故郷への手紙を託す兵士たちの切実な思い、日本兵を慕って帰還船を追いかけ氷の海に飛び込むロシアの犬クロ--そのエピソードのどれもが、山本さんの生き方と響き合って切なくも清々しい。
広大なシベリアの地に設けられた収容所は、当時凡そ千二百カ所もあったそうだ。七十万近い日本人が戦犯としてそこに収容されていた。そして、飢えと過酷な労働で七万人余りが死んでいった。いつかダモイが叶うと信じながら、とうとう祖国の地を踏めなかった人たちの心中を思う。
原爆の記憶、敗戦の記憶を辿る八月。そして八月は、祖先の霊を迎えたり送ったりする月でもある。命について、生きることについて、考えずにはいられない。生きる、とは、いったい何なのか。それは、面子を守ることでも体裁を整えることでも、欲の張り合いでも権力の奪い合いでもない。愛という糸を紡ぎ、その糸を未来へと切れることのないように繋げていくことだ。確かな道標に添って、誠実な心で。「偏頗で矯激な思想に迷ってはならぬ。どこまでも真面目な、人道に基く自由、博愛、幸福、正義の道を進んで呉れ」山本さんのこの言葉は、肉親への遺書でありながら、日本人、いや人類すべてへの遺言だと言ってもよいだろう。
【メモ】「ダモイ遥かに」辺見じゅん・メディアパル/「ひと裁ち折り紙」山本厚生・萌文社