

一月の全景として鴎二羽
現代俳句に一石を投じる著者の第6句集。本書は、2002年から09年までの7年間の作品がほぼ制作順に納められていて、著者のオリジナルな精神風景があざやかに展望されている。
句集名となった冒頭の句は、1月の空と海の広がる地上113メートルの千葉ポートタワーの展望室を吟行したときの実景が、心象風景にすりかわっている内面意識を想望させていよう。いわば、2羽の鴎(かもめ)を飛翔させた言語宇宙の「全景」ともいえようか。
一月の水辺薄着の母が居る
短日とはついに水辺を離れぬ犬
ただひとりにも波を打つ冬の水
父方のその父方の梅白し
あさきゆめみし白椿白たんぽぽ
いちまいの白紙怖れる夏の家
さて、1月の水辺の母を回想する巻頭句をはじめ、「水」と「白」の言葉が圧倒的に多くあることも本書の特徴である。ことに「白」は何色にもなれる天才的な色。また、表現の無限の可能性を秘める色でもあるだけに、さらに「水」への思いを重ね合わせてゆくと、自己表現には到達などあろうはずのないプロセスとしての負の華やぎ、あるいは負のたおやかな生命力が見えてくる。むろんそこには、言語にとっての美に近づくことを目指した一人称の世界が、ゆるやかに万人に向かっている詩的な透明感が存在していると言えよう。また、旅吟が多い一巻のなかでは、内面意識を投影させた「飛鳥想望・十八句」の、時代を超えている時空のひらめきが印象的である。
葱坊主ときにヤマトタケル疾る
馬子いまも大股ならん罌栗坊主
飛鳥五月掴みそこねし鞠と鶏
「葱坊主」「罌栗坊主」の人の姿を想像させる即物的な出合い。つかみそこねた「鞠と鶏」の弾むものへの危うさなど、飛鳥を思う言語宇宙の奥深さが導き出されていよう。『全景』は定型の言葉があざやかに浸透された全景を、さらに進行させている句集に違いない。
塩野谷氏は、1939年栃木県生まれ。現在船橋市在住。「遊牧」代表、「海程」同人。07年に現代俳句協会賞を受賞など。(山中葛子・俳人)(角川平成俳句叢書・2667円)
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