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郷土の人の本

内面意識を創造する詩力 大畑等句集「ねじ式」


 大畑等氏の句集『ねじ式』が著者の手作りによって出版された。一九八八年から二〇〇八年に至る二十年の作品は“「現在」に生き、「現在」を書く… しかし語りえぬ時間が流れている。過去なのか未来なのか。いっそ一周遅れの正確な時計でありたいものだ”の「後記」の言葉のごとくに、すべてが途上であることの確かさ。時間の流れの熱さを我が物にされた作品集と言えよう。

 <ねじ式で卵うみたる秋のマリア>

 まず句集名となったこの句の何という不思議さであろうか。ただ単なる情景ではなく、「ねじ式で」卵を生むという意外性は、言いかえれば、ネジを潜めているがごとき肉体の神秘性が喩(たと)えられた表現でもあろうし、聖母マリアに通じる名を秋の爽やかさに結ばせていよう。

 このように独自な作品世界が展開されている句集『ねじ式』は、三つの句篇と二つの句群によって構成されている。

 仏壇をたたき壊して浅草寺
 黒に黒かさねて女薄目せり
 予言書に白いコートがぶらさがる
 ざっくりと地獄見てきし色眼鏡

 これらの句は、鬼海弘雄の写真集『PERSONA』(二〇〇三年・草思社刊)に唱和したものだという句篇から抄出した四句である。撮影現場は東京・浅草寺境内の壁の前。写真のモデルは無名のひとびとだという写真集の気迫が一気に乗り移っているがごとき白と黒の独自な美学が創造されているようだ。そしてまた、それぞれの句篇、句群には次のような独特な句があふれている。

 心は腸である高感度フィルム
  進むとき鉄のようなる盆踊り
 退(すさ)るとき紙のようなる盆踊り
 鏡の間ひそかに春の魚を煮る
 家々に灰存在す茄子の花
 うしろから突き落とされて滝である

 いわば大畑等氏の、俳句と向き合ってきた文芸意識への高まりとでも言おうか。人が人であることの内面意識を創造する詩力があざやかである。

 大畑氏は、一九五〇年和歌山県生まれ。現在船橋市在住。「遊牧」同人、「西北の森」会員。「麦新人賞」「麦作家賞」「現代俳句評論賞」受賞。など、現代俳句の期待の作家である。(俳人・山中葛子)


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