四街道市在住で、千葉日報社から昨年、自身初の長編小説「絹の手ざわり」を出版し、小説家としても非凡な才能を見せている吉成庸子さんが、二十八編の小品を収めた新エッセー集「忍の一字」(四六判、四百六ページ)を出版した。
彼女のエッセー集としてはこれが五作目で、今回もご亭主、儀(ただし)氏を登場させ、本の中では“頑固親父・儀(ぎい)ちゃん”と呼びながら、熟年夫婦の日常を素材に、ごく普通の生活ぶりを得意の軽妙な筆致で描いている。
もちろん、儀氏といえば京葉銀行の元頭取で、現在も同行の相談役を務める吉成儀氏のことだ。県商工会議所連合会長を務めるなどさまざまな公職をこなしてきた県内経済界の重鎮を、あえて儀ちゃんと呼び、二人の飾らないふだんの暮らしぶりを描写しているところが、読者にはたまらなく面白い。
万事につけ几帳面(きちょうめん)な夫・儀ちゃんと、何事にも大ざっぱな性格の著者との日常の生活をそのままつづったもの―と、本人は書いている。
タイトルからは、いかにも著者が結婚生活を辛抱強く、忍耐強く過ごしているかのようにみえるが、実は読者がこれを読み終えれば、「忍の一字」と言いながら、最後には熟年夫婦の愛情と思いやりが裏打ちされていることに気づくはずだ。
著者は、県内有数の素封家の長女として生まれ、二十歳そこそこで東京・八丁堀の料亭の女将(おかみ)を務め、西銀座にクラブを開店させるなど次々と商売を発展させてきた。ところが、ある日突然、その成功を投げ打って銀行家の妻となり、普通の家庭に納まることになる。
この特異な経歴だけでも十分に読者の興味をそそるが、日常のどこの家庭にでもあるようなトラブルを取り上げながら、彼女と“頑固親父・儀ちゃん”との絶妙のやりとりが、さらにおもしろおかしく、著者の描写のうまさはいよいよ円熟の境地を迎えている。
彼女は、あとがきで「あっという間の二十年」として、儀氏との二十年間の結婚生活を振り返って、記念の一冊と書いているが、これまでの“儀ちゃんシリーズ”の中でも、最高傑作の一つだ。
特に「冬の月」の最後の場面で、仲良く肩を並べて家路を急ぐ儀ちゃんと著者を、優しい光を放つ冬の月が見下ろしている描写などは、多くの読者の心をとらえて離さない。(千葉日報社・一五〇〇円)
mixiチェック