
カストリ。死語である。戦後かなりたって生まれた記者は、日常会話で聞いたことがない。調べると、粗悪な密造酒を指しており、カストリ時代となると、戦後混乱期の猥雑(わいざつ)な風俗も含まれてくるという。敗戦直後の昭和21(1946)年の東京。この本には忘れてはならない記録が残されている。
記録は品川駅に大挙する復員兵の1葉から始まる。林は段ボールにして3箱、約3000本のフィルムの中から115葉を束にした。第2次大戦で、焼け野原と化した東京。想像にかたくないカストリの臭気がぷんぷんと鼻につく。品川を振り出しに上野、新宿など群衆の顔に敗戦の疲労感はあるが、瞳には戦争から解放された喜びが見られる。将来への絶望的な不安を抱え憔悴(しょうすい)しきった現代人と決定的に違う、たぎるような生へのエネルギーを感じる。
後半は、林を著名にした無頼派文士の肖像写真。太宰治、坂口安吾、織田作之助などそうそうたる顔ぶれが並ぶ。物資不足の時代。林は舶来のローライ(6×6判)に希少なモノクロをつめ、撮影は1発勝負だったという。情死した太宰ら酒場で撮った作家はほどなく世を去るというジンクスがあった。燃え尽きる寸前の命を吸着したということか。林は「人物写真は決闘だ」と雑誌インタビューに答えている。
作家の吉行淳之介があとがきに寄せた「スルメと焼酎」もいい。昭和23(1948)年、勤務先の雑誌社で初めて会った林の印象を書いている。「美青年ぶりに驚いた」と。その林は90年に死去した。
雑誌に「カストリ」を冠すと、粗悪酒にちなみ3号(杯)までに(酔い)つぶれるの意味だが、日本という国はあの時代を経て、すべての分野で制度疲労を起こしながらも生き長らえている。発刊の80年から四半世紀余。示唆に富んだこの本が、戦争を知らない記者に受け継がれた。(文化部 安原 直樹)
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