人影のまったくない廃墟写真で一大ブームを巻き起こした小林が、かつて海辺の集落風景を好んで撮っていたことが面白い。若い力を持て余しての彷徨(ほうこう)なのか。20代から30代前半にかけ、廃墟大家の目は夏のしかも辺ぴな海辺に向いていた。作風を模索する熱意と焦燥で、体を火照らせながら…。
この本は1977年から88年、小林が赴いた名もなき海辺のモノクロ写真125点を収める。35ミリ判カメラを手に島から島へ、岬に続く海岸線を何日もさまよった。季節は夏。燦々と降り注ぐ強烈な日差しが印画紙に焼きつけられ、そのコントラストがまばゆい。
空と海と砂浜、そこに生きる素朴な老若男女の昭和の原風景が展開する。小林は優しくレンズを向けたのだろう。人々の顔はのどかで自然だ。時折、交じる女性の写真は物語性を帯びている。キャプションに「日傘をさして外出する若い女性」とある1枚は後ろ姿を狙った。風が黒髪としま模様のサマードレスの裾を揺らす。左手に荷を詰め込んだ鞄を提げている。望遠レンズのぼけ効果で蜃気楼のように見える海と空に向かって、歩を進める女性はこの地を捨てどこか遠くへ旅立ってしまう…、そんな錯覚を起こす。何者でもない自分。将来への不安。写真家の意識下のゆらめきが投影している。
「この本の企画は小林の持ち込み」と版元の担当者は話した。写真家は昨年暮れ、都内にある事務所ロッカーの奥から木箱に入った大量のネガを見つけた。そして、何かに突き動かされるように、これまで未発表の作品を紙焼きしたという。変色したネガに太陽光とみまがう引き伸ばし機の光が初めて当たる。ロッカーに眠っていた青春の宝物が見つかったのだ。
小林は一連の廃墟シリーズのほか、千葉関連では日本最大のテーマパーク「東京ディズニーシー」(講談社)も写真集にまとめており、一見の価値は大いにある。(文化部 安原 直樹)
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