この本の出版記念展を見てきた。会場は、すべてを白日の下にさらさなくてはおかない現代に抗った、不鮮明さに覆い尽くされていた。聞けば、最大の作品は8ミリフィルムを縦87センチ×横130センチの専用紙にインクジェットプリンターで出力した、という。ゆえに薄暗い画面は極度にアレ、ブレ、ボケており、凝視せざるを得ない。その結果、私たちは想像力を借りて、粗粒子の暗闇に舞う新たな実像を見つけることになる。
身長150センチの野村は小さな手にもすっぽりと収まるスパイカメラ「フジMC―007」(縦約3×横8.5×厚さ1.5センチ)を道具に選んだ。「このカメラによって何かが始まる」と期待を込めて…。そして心が共鳴した刹那、ピントや露出を無視し、目の前の万物を活写。作品鑑賞において心象風景の初見は成り立つが、一種ジャーナリスティックな手法であり、心の投影より実像に重きをおく見方が適当だろう。
構想2年、撮影7年。展示の作品群を編んだ本を開くと、全編を薄墨のような暗さが貫く。ベッドに横たわる全裸の男たち、空港、飛行機、街並み、いずれも曖昧模糊(あいまいもこ)とした静寂に包まれ、倦怠感が漂う。その不鮮明さを解読しようとして、両目は本との距離をグングンと詰めていく。しかし、写真家はあざ笑うかのように「暗闇の独り舞(まい)」に興じ、不可視感をあおっていく。闇が息づいている。
野村の手法は、よく写るデジタルカメラ全盛の現代に逆行している。写真誕生来、先達がより鮮明な画像を追求してきたのに対し、野村が不鮮明なそれを是としたからだ。光源は、紫煙をくゆらせた煙草の火やベッドサイドの小さなスタンドなどと禁欲的で、その姿勢は光の芸術へのレジスタンスとも言える。
考察するに、私たちの目の欲望は万物を見尽くした感がある。だから、ざらりとした黒の質感は、退化しつつある私たちの想像力を無限にかきたて、開眼させるのだ。大人が楽しむ1冊である。(文化部 安原 直樹)
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