被写体との距離は、撮影の重要な始点となる。葛飾北斎の「冨嶽三十六景」をはじめ、富士山を遠望した名作は数多い。しかし、写真家は日本の最高峰(標高3776メートル)の登攀(とうはん)過程をあえて撮った。画面から山道を踏む登山靴の音、荒い息遣いが聞こえてくる。それほどの思いをして、石川はなぜ頂きに挑んだのか―。
「秀麗な姿」とはよくある富士の表現だが、この本にはまったく違った荒々しい野性が満ちている。ゴツゴツした溶岩の塊、森林限界のスコリア荒原、視界を奪う白い霧、テントを揺らす強風など、従来の八面玲瓏(れいろう)な富士写真の常識を覆す。現在の火山体(新富士火山)の形成活動は1000年前に終了したとされ、地球時間で計ればまだ!若い山"が生きている。その撮影手法は、遠く望む霊峰を俗世に近づける挑戦とも言える。
巻頭の須走口から1歩また1歩と足を運び、山頂にたどり着く。中盤の山頂を空撮した連作は圧巻だ。ヘリを接近させて、マキナ67の標準80ミリレンズで活写したという。下山では青木ヶ原樹海や白糸の滝などの山麓風景が広がる。そして富士吉田市の火祭りで人間界へ。ラストの燃え盛る松明の炎はあの独特の富士の輪郭を描き、そこに石川の情熱の赤を映したようだ。
初登頂は19歳だった。アラスカ行を前にした真冬のトレーニングは、山の厳しさを体に刻みつけた。彼の登山の原点である。だから石川にとって、富士は見る山ではなく!登る山"なのだ。31歳のこれまでに登頂は25回を超えるが、その度に山は新しい景色を見せる。つまり物理的距離や精神状態も含め、「その当事者と山との関係で、見え方が違ってくる」と飽くことのない魅力を話した。
富士山は古来より信仰の対象であり、多くの名句が詠まれた。
初富士の
大きかりける汀かな
富安 風生
壮大な山容を誇り、写真家が一生涯をかけて会心の作を求める被写体の頂点なのだ。(文化部 安原直樹)
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