写真家・操上和美の初監督映画「ゼラチンシルバーLOVE」(7日公開)の試写を見て、主役のカメラマンの手の中にあったM型ライカが気になった。黒の塗装がはげた愛機がプロの道具として光彩を放っていたからだ。日本で「ライカ使いの名手」と言えば、木村伊兵衛(1901~1974年)。木村病没の4年後、当時のニッコールクラブ会長によって編まれたこの本は、戦後のモノクロ報道写真の傑作である。
52年春、県展の審査を依頼された木村は初めて秋田を訪れた。すると、この農村地方の風俗、習慣、人情に魅了され、59年まで何回も取材行を繰り返したという。写真家としての円熟を迎えた50代の時だった。
木村のストリートスナップはよく居合術にたとえられる。出合い頭に被写体を切り取る“瞬撮”を表しているのであり、撮られた方はまったく気づかない。しかし、この本では両者の間にもっと穏やかな空気が存在している。
たとえば、農作業の合間に家で赤ん坊に乳を飲ませる若い母親のカット。画面から居合抜きの緊迫感は伝わってこない。木村は空気に溶けこみ、姿を消している。だから母親は野良着の前をはだけ、寝ている赤ん坊に乳をふくませるといった当時ありふれた日常を見せたのだ。武術ではなく忍術。この神技的な写真作法によって「青年たち」「板塀」の名作をものにしたのだろう。それにはライカの静かなシャッター音が大いに役立ったはずだ。
木村はいい被写体に出合うと、上機嫌になって「粋なもんです」を連発したそうだ。では、秋田における粋とは何か?大雪に見..われる厳しい環境下で、黙々と春の田植えや家畜の世話に汗を流し、結婚して子を産み、そして大祭で秋の収穫を喜ぶ、そんな暮らしの中にピュアな粋を見たのだろう。編者の後記にはこうある。「写真家が(敗戦の)失意からよみがえる重要なキーポイントになった作品群」。世界同時不況で失意のどん底にある今、私たちも木村の作品から復活のヒントを見つけたい。(文化部 安原直樹)
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