自意識過剰の思春期、居場所を求めて、夜の街を徘徊(はいかい)した。そこには「人々の欲望渦巻く非日常があった」。のちに刺激的な余韻が撮影動機となる。本書の主舞台は東京・歌舞伎町。日本最大の歓楽街である。淫靡(いんび)なネオンに吸い寄せられた名もなき男と女のドラマチックな白黒黙劇が繰り広げられる。
歌舞伎町の作品で思い浮かぶのは森山大道。夜陰に身を潜ませる撮影手法から“都市のスナイパー”と称されるが、星は被写体の真正面からストロボを照射するのだから“ヒットマン”だ。一撃必殺の切れ味。暗闇から強烈な光に浮き上がった男は挑発的で、女は扇情的で、ワケありだ。
衝撃的だったのは、巻の中ほどにある半裸の若い女性の見開きカット。カメラは、放心の表情を浮かべ下半身をあらわに横たわる女を俯瞰(ふかん)する。顔の近くに男の磨かれた靴がきらりと光り、そして周囲には多数の血痕?
路上殺傷事件かと思えば、聞くと「横浜市内の飲み屋のSMショー」と言う。靴男はS氏、半裸女はM嬢、血痕はロウソクの垂れた跡…。つまり星は本書で劇映画的な演出を施しているのだ
一方で、カメラは韓国籍の暴力団幹部とすれ違いざま、振り向いた強面(こわもて)を撃ち抜く。この虚実混在のフェイク・ドキュメンタリーが、前記の路上事件を錯覚させるスリルを生むのだ。出演者たちは陰性のエネルギーを秘め、その爆発寸前の重圧の一息の間として猫や犬、花などのカットを挿入。なかなか手堅い編集者の演出だ。
撮影は1999~2006年。「その間、行政権力などにより地方を含め街から怪しげな場所が排除されてしまった」。しかし、そんな都市の恥部に蝟集(いしゅう)していたならず者は消えていない。より地下深く潜み、闇は広がった。アンリ・カルティエ・ブレッソンが写真を撮るのは「混沌にすべて秩序があることを明かす」と意義づけた。その言葉を証明するかのごとく、“星”が街の夜の邪気にまぎれる。 (文化部 安原 直樹)
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