涙で瞳がぬれる。
その時、うつむいていた男が顔を上げた。
奥歯をかみしめる。
男はあすに向かって右の拳を繰り出した。
当時まだ無名だったボクサー約20人のドキュメンツ。不景気で将来の希望を見失った私たちに勇気を与えてくれる写真&文集だ。
林はボクサーの姿に自分を重ね、心の奥底までのぞこうとする。ゆえに撮影は平凡な日常にも向かう。家族の団らんがあり、試合では見せない笑顔がある。男は愛する家族、そして撃破した対戦相手の悲嘆まで背負ってリングに立つ。獣のような目、鋼のような肉体、しなう拳、目指すは世界王者。自信は敗戦で砕かれ、絶望のどん底に突き落とされる。だが家族の愛とプライドに支えられ、男は再びリングに戻ってくるのだ。林はその群像劇を“一写入魂”でとらえていく。
「リングに上がる瞬間が美しい。まるで神様に近づいているように見える」
実に12年の歳月を費やし、丁寧に取材を積み重ねた文章もまた心に響く。
<悩んだ時は、やる時なんです。迷ったらやるしかないじゃないですか。答えが見つかるまで>
ボクサーたちの独白が林を鼓舞する。今から16年前の秋、林はバイク事故で23歳の若さにして右腕の機能を失った。3度の手術、激痛が今も襲う。左腕一本でカメラを持ち、口にくわえた電子レリーズでシャッターを切る。独自の撮影手法が左腕を右腕の2倍の太さに発達させた。まさに必死で生きてきた証しだ。
頁を繰っているうちに林の生き様を見ているような錯覚にとらわれる。ボクサーの闘いは、カメラマンが撮ることと同じ。その意味でこの本は、ハンディを抱えた林が社会というリングに立ち、闘いを挑んだ自分史でもある。
しかし、社会や事故に対する恨みは一切ない。むしろ敬虔(けいけん)な気持ちが芽生える。
「撮らせてもらっていることで、僕は生かされている」
林はこの言葉で取材を締めくくった。(文化部 安原直樹)
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