人の目の欲望は常に新鮮な感動を求めている。たとえば、アンセル・アダムスの風景写真は、誰もが初見でスケール感と印画技法の美の極致に魅了されるだろう。しかし、人は日常の視野にない風景には共感しづらい。この本は見慣れた東京が“無人”となった一瞬の静寂を絶妙に切り取っている。喧噪(けんそう)の街という私たちのイメージを覆し、視覚的空白をついた1冊だ。
「誰も写ってないんです。」単純明快な帯びのコピーが目に入って、本を手にした。興奮からページを急いでめくる。人跡の絶えた大都会の作品群-コピーにウソはない。奥付の版は「第5刷」とあり、既にヒット商品となっていた。
渋谷、青山、麻布、銀座、新宿、湾岸…。関東の住民なら一度は見た風景が展開する。8×10の大判カメラによる奥行きのある画面、アオリ効果による直立したビル群、こうしたスケール感があって、無人の街がより際立つ。
銀座のメーン通り。週末の歩行者天国で人があふれかえる場所だ。しかし、見開いた横長の画面には、猫の子1匹いない。意地悪してビルの窓々を子細に探っても人影さえ見えない。針を落としたら、その音がアスファルトに跳ね返って聞こえてきそうなほどの静寂に包まれる。まさに森閑とした空気。銀座のど真ん中なのかと目を疑う。つまり場所的共感をもって目の欲望が充足するのである。かつて蒲田、大船調と呼ばれた松竹映画のヒットの鍵も共感と感動にあったそうだ。
雑誌の対談で、中野は「フィクションとノンフィクションの間みたいなものを表現しようと思っています」。コダック社製カラーフィルムのややアンバー被りした色調が虚構空間の形成を手伝っている。だが、ここは紛れもない現実の東京なのだ。
中野は本書に続く「東京窓景」(04年)で第30回木村伊兵衛賞を射止め、「TOKYOBLACKOUT」(05年)「TOKYOFLOAT」(08年)と東京をシリーズ化。いずれも切り口の新鮮にうなる。(文化部 安原直樹)
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