
かつてそこには原野が広がっていた。主役は大地であり、風であり、そして動植物であった。古く江戸時代から私たちは、東京湾を埋め立てることで国土を広げ、目覚ましい経済発展を遂げてきた。モノクロ写真には、やがて人工都市の下に埋没する滅びの美が焼き付けられている。
この本は1983~89年の東京湾岸の埋め立て風景を収める。中心風景はいまや国際展示場を核として商業ビルやホテル群がひしめく新都心となった千葉・幕張地区だ。
モノクロ写真は色彩に目を奪われない分、被写体のフォルムが強烈な印象となって残る。光と影、白と黒のコントラスト、また中間の豊かな諧調も、私たちの想像力をかきたてる。つまり、イマジネーションが刺激されるということだ。
この本が出版されたのは約18年前。時代はすでにカラーに移行しており、あえてモノクロを選択したのには何らかの意図があったはずだ。開発までのわずかな時間だけ存在を許された風景。あとがきでは「つかの間の楽園」としており、白黒だからこその滅びの美への挽歌(ばんか)ともとれる。
雑草や魚、野鳥などの動植物が堂々と生命力を発散しているのに比べ、人がどこか弱々しい。その姿はまるで不法侵入を警告された者のよう。耳を澄ませば、潮騒が聞こえてくる。楽園に暴力的に割り込んでくる人間を、先住者が敵視しているからなのか。
午前0時前後に撮られた写真が特に良い。街灯に浮かび上がったコンクリート片や鉄パイプなどの建築資材。つかの間の楽園と人工物が主役の座をめぐり、静かにせめぎ合う張りつめた緊張を感じるからだ。やがて日付が変わり、人工都市が優勢を強めていった。
中里は、第1回の木村伊兵衛賞作家・北井一夫に師事。本書を皮きりに「逢魔が時」(ピエ・ブックス)「路地」(清流出版)、最新作の「ULTRA」(日本カメラ社)などの本を積み上げ、ある種の日陰と闇の風景をクローズアップしている。(文化部 安原直樹)
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