エネルギーを満々とたたえた若者の熱い視線に圧倒される。この本は暴走族やホステス、右翼など、いわゆる社会のマイノリティー(少数派)やアウトローと呼ばれる若者たち97組(総勢3633人)の集合写真を収める。その目の多くは鋭いナイフのようにギラギラと輝き、行き場を求めて威圧的だ。対峙(たいじ)する吉永は強烈な視線をがっちりと受け止め、“人間賛歌”をうたうのである。
集合写真は簡単なようで撮るのが難しい。千々に乱れた群衆の意識を一瞬にしてカメラに集中させる必要があるからだ。写真家の求心力が試されるが、ここで撮影法が居合術にたとえられた故木村伊兵衛を思い出す。1949年、信州・上田で撮影された少年の集合写真はあまりにも有名。田舎道の土手に腰かけた多分、木村にとって初対面の10余人の目線を完全にもらった奇跡のカットなのだ。その求心力、早撮りの点で、吉永はスナップショットの名手に比肩する。
撮影に際し、吉永は「ワンツースリー、ハイ!」と掛け声。互いの魂が共鳴した決定的瞬間、手持ちのマミヤ7のシャッターを切る。平均わずか5カットで、撮影は5分程度。「時間をかけない方が、その人の素の状態が撮れる」。過分な演出を排除した彼独自の写真美学がそこにある。
「暴力団事務所が当時、50はあった」という出身地の大阪・十三の土地柄を映して「けんか上等の毎日」だった学生時代。そんな下地が無頼的なオーラとなって、体から発散される。ゆえに社会規範からはみ出した若者と呼び合うものがあるのだろう。被写体は仕事で知り合った人の縁を頼りに探してきたが、結局は彼らに行き着くのだった。
群像作品を通じて「人は1人ではない。導いてくれる人が必ずいる。自分を受け止めてくれる存在が大切なんだ」と若者たちに熱くメッセージを発信する。人と人との縁、まさに人間賛歌だ。追記として、群衆の中にまぎれた写真家の森山大道や画家の奈良美智、俳優の永瀬正敏ら有名人を探すのも楽しい。(文化部 安原直樹)
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