• 文字サイズを変更
  • 小
  • 中
  • 大
房総の作家

■プロフィール
中谷順子(なかたに・じゅんこ)
  詩人、文芸評論家。房総文化懇話会会員。元千葉県詩人クラブ会長。詩誌『覇気』主宰。詩集に『返信』『白熱』『破れ旗』、著書に『房総の作家①②③』など多数。千葉市在住。


悲哀の中、花巻へ 高村光太郎18


  東京都品川区ゼームス坂にある詩碑に、智恵子の臨終を歌った「レモン哀歌」が刻まれている。

 その数滴の天のものなるレモンの汁は/ぱつとあなたの意識を正常にした/あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ/わたしの手を握るあなたの力の健康さよ/あなたの咽喉には嵐はあるが/かういふ命の瀬戸ぎはに/智恵子はもとの智恵子となり/生涯の愛を一瞬にかたむけた」(「レモン哀歌」1939・2より)

 昭和13年10月5日智恵子は没する。悲しみに閉ざされた光太郎が、書き溜めたものに新作を加え『智恵子抄』を龍星閣から刊行するのは昭和16年8月のこと。結核に冒されていた。

 光太郎は芸術の源について次のように書く。

 美に関する製作は公式の理念や、壮大な民族意識といふやうなものだけでは決して生れない。さういふものは或は製作の主題となり、或はその動機となる事はあつても、その製作が心の底から生れ出て、生きた血を持つに至るには、必ずそこに大きな愛のやりとりがいる。(「智恵子の半生」)

 光太郎の芸術が、智恵子の愛によって支えられていたことを物語っている。女中も使わず夫婦だけの生活を続け、支えあった二人は、気高い愛と芸術への理念によって結ばれていた。

 光太郎は智恵子を失ってからも、彼女と暮らしたアトリエで一人暮らしを続けていく。そんな中で、智恵子の存在は、個としての存在を失うことによって普遍的存在へと昇華していく。

 一日の製作を眺める時、「『どうだろう』といって後ろをふりむけば智恵子はきつと其処に居る。彼女は何処にでも居るのである」(「智恵子の半生」)と光太郎は書いている。そうした愛の深さから、「私にはあなたがあるあなたがあるあなたがある」と歌う「人類の泉」(『智恵子抄』収録)の詩篇が生まれてくるのである。・・・

 

「房総の作家」の続きは千葉日報紙面をご覧ください。

県内ニュースの記事全文は紙面をご覧ください。千葉日報を購読する

当ホームページの記事、画像などの無断転載を禁じます。すべての著作権は千葉日報社および情報提供者に帰属します。

Copyright (c) CHIBA NIPPO CO.,LTD. All rights reserved.