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忙人寸語

2010年8月17日

▼一宮町の知人からトマトをいただいた。冷蔵庫で冷やして食べた。なかなかうまかった。小学生のころ、校舎の裏庭にトマトが植えられていた。夏休みの登校日にみなでもぎ取って食べた記憶がある

▼登山に夢中になり始めた高校の夏休みは松本市のトマトジュース工場で住み込みのアルバイトをした。校則は禁止。親には「山へ行く」と言った。毎週、工場の青年と上高地から穂高連峰へ登った

▼出掛けたきり1カ月も帰らないものだから母親は「山で死んだ」と心配したそうだ。のちに母の葬式で叔母から聞いた。2学期が始まると「チェコにソ連の戦車が押し寄せた」と級友たちが騒いでいた。「モルダウ」の曲を知ったのもそのころだ

▼勉強は得意じゃなかったから、時事問題より山の地図を見るのが好きだった。あるとき教室で、トマトジュースの色が「人工着色だろう」という話が出た。「そんなことはない。赤い色は自然の色だ」と反論し、学校にアルバイトがばれた

▼話は飛ぶが、トマトはアンデス山脈の高冷地が原産地。日本へは江戸時代前期の1670年ごろに観賞用植物として渡ってきた。果実を食べるようになってからも「青臭いにおいが嫌いだ」という人は今も多い

▼時代が変わればトマトも変わる。新種開発の研究が進み、最近のトマトジュースはおいしくなったが、有機農法のトマトの味もなつかしい。

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