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忙人寸語

2010年8月6日

▼天下統一事業の途次、羽柴秀吉の前に立ちふさがったのは徳川家康と織田信雄の連合軍。小牧・長久手の戦である。秀吉は一敗地にまみれ複数の勇将を失う。ところが、その後の権謀術数で家康を臣従させる

▼426年前の戦国後期と現代とを比定するのには異論もあろう。しかし、覇気を失っているような菅直人首相を見て、思わずこの合戦の前後を考えてしまった。先の参院選で惨敗した菅政権。国会の論戦でも「らしさ」が消えてしまっている

▼どのような運動の活動家であったのか、若き日の菅首相を知らない。しかし、攻めに強く防戦に弱いのは当時の活動家にありがちなパターン

▼秀吉と菅首相の違いは、菅首相はすでに天下(政権)をとっていることだ。先陣はさしずめ枝野幸男幹事長。旗本寄騎は仙谷由人官房長官か。総大将が殿しんがり軍も務めているようにも見える。しかも長蛇となって弱い脇腹を敵軍にさらしている。加えて“お家騒動”の気配

▼「内閣制度の原理そのものを変える、ある意味、明治維新にも匹敵するような大改革の第一歩」と国家戦略室の役割と展望を熱く語った1年前の講演を思い出す。政治主導の要だったはずが今や…

▼きょう6日は65年前に広島に原爆が投下された日だ。唯一の被爆国の首相として強力に反戦平和の意思を世界に発信したら失地回復につながらないか-とエールを送りたくなった。

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