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忙人寸語

2010年3月4日

▼市原市と大多喜町の境の江戸道を歩いた。山の背後に切り開かれた雑木林の中の道。枯れ葉、枯れ枝、倒木に埋もれてこけむす馬頭観音、石造りの道標などが往時をしのばせ、上総の山々がうるんで見えた

▼山道に入るとドングリが落ちていた。一つ、二つ、三つと拾った。クリのいがも落ちていた。マンリョウの赤い実が残り、山ツバキも咲いている。薄暗い山道に光が差し込むと、そこだけ舞台のように明るくなった

▼仲間たちと始めた房総半島の分水嶺歩きも長柄町、長南町と過ぎて大多喜町まできた。国土地理院の地形図「大多喜」を広げると、ちょうど大多喜と書かれたあたりの「伊藤大山」がこの日の目的地

▼分水嶺はゴルフ場の敷地のへりを通る。スギ林の中から目標の電波塔が見えた。「あそこだ」と狙いをつけて垂直の泥壁の脇をよじ登り尾根に出た。「ありゃ、なんてこった…」。電波塔に見えたのは手前のピークに立つ工事現場に使う足場だった。しかし何の工事だろう

▼登り返して千葉テレビの電波塔が立つ伊藤大山に着いた。人が木に寄り添うと「休み」の字になる。休憩後、小湊鉄道の養老渓谷駅方面に進路をとって再び歩くと「江戸道」と書いた案内板があった

▼大多喜から月出、鶴舞、久留里経由で木更津へと通じる古道。ほっとするような棒杭の集落では野梅がかおる。6日は暦の「啓蟄」。春も近い。

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