随分と前に長野県松本市内の小体なすし屋に入ったことがある。カウンターの品書きに「サンマの握り」を発見。周囲に海がない北アルプスのふもとの街で、まさかと驚いた。新聞記者の好奇心が、旬の一貫を注文する。舌上に載せると、これが新鮮で上質の脂が甘いのである。マスターに聞けば、なんと「銚子産」の返答。流通や保存法の発達によって400キロ以上も離れた店で、郷里の生魚を賞味できることに二度驚いた。
さて、今年は秋の味覚を代表するサンマ漁が不振という。海水温の上昇で魚影が薄いそうだ。地球温暖化を心配するものの、幸運にも新サンマを入手。細長い体の腹側が白くキラリと光って、名刀のごとし。せっかくの佳品なので、ケレン味のない正統の刺し身と即決した。スダチをひと絞り、針ショウガと一緒に口中に投じる。身の張りがシコッとした食感を生み、松本での舌の記憶を凌駕(りょうが)する甘みが広がった。
物の本によると、サンマは夏バテ回復に好適で、風邪の予防につながるビタミンAが、牛ロースの12倍も含まれているという。健康にとてもよい食材と教わった上で、刺し身は薄い片刃の包丁でひく。こうすると、切断面から大切な成分が流れ出ないゆえだ。
今回の仕入れは値段が1匹68円だった。不漁を考えれば格安だが、昨年の倍である。「こんちきしょうめ」と庶民の憤りを代表して“倍酌”。
【材料(2人分)】
サンマ1匹、ショウガ、スダチ適宜。
【作り方】
(1)頭とワタを取り、流水で洗い三枚におろす。
(2)腹骨をすきとり、身を削ぎ切りにする。
(3)皿に盛り付け、針ショウガ、スダチ添える。