私の小倉台日記

■プロフィール
勝山朗子(かつやま・あきこ)
  小説家、エッセイスト。房総文化懇話会会員。文学サークル『槙』同人。共著に『千葉児童文学選集』『槙・文学選集1・2・3』『何がそんなに…』など。千葉市在住。


浅草へ珍道中


 久し振りで電車に乗った。

 前日に目的地までの道順をパソコンで調べておいた。それをプリントアウトしたものがバッグの中に入っている。いわば私にとっては「お守り」のようなものだ。友人が親切に地図を描いて「ココ」と赤丸を付けてくれた。しかし私には「ココ」へ行くまでが分からない。

 お守りによると、快速東西線に乗り「新日本橋下車」。新日本橋で、地下鉄銀座線浅草行きに乗ることになっている。私の頭の中にも、そのようにインプットされている。

 ところが、千葉駅で夫は「ゆっくり行こう。快速でなくてもいい」と言う。確かに用心して二時間も早めに家を出ている。

 その日は大切な日。親しい友人のお嬢さんが初めてオペラのリサイタルを開く日である。何カ月も前から楽しみにしていた。絶対に早く着いていたい。その目的の場所は浅草の教会である。

 各駅停車に乗るとき「新日本橋下車よ。大丈夫?」と念を押した。夫は「分かっている」と落ち着いた態度だ。電車は走る。どんどん進んで途中「新日本橋へおいでの方はお乗り換えです」とアナウンスがあった。「ほら、乗り換えですって」と私。「いいんだ」「どうして?そう言っているもの」「いいんだ」夫は立とうともしない。「じゃぁ、どこで降りるの?」夫は「黙っていろ」というように首を横に振った。優先席の前には何人か吊(つ)り革につかまっている人がいる。その人たちに私たちの会話を聞かれたくないらしい。しかし私は続けた。「で、どこで降りるの?」夫は無言。

 若いころ東京へ勤めていた夫は電車のことは詳しいのだ、と私は思いついた。そうに違いない。「昔、覚えたことは忘れない」という言葉があるではないか。「案外、電車のことは覚えているのかもしれない」と浮かせた腰を座り直した。電車は秋葉原に着いた。私はドアの上に示されている路線地図を見上げていると「降りる」と突然ひと言。慌ててホームへ。さて、どっちへ行くのか。「あなた、どこへ行こうとしているの?」その質問にも無言。「何という駅?」それにも無言。ただ歩いているから私も従って歩く。人込みの中でただ当てもなく歩く虚しさに耐えられなくなった。...


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