私の小倉台日記

■プロフィール
勝山朗子(かつやま・あきこ)
  小説家、エッセイスト。房総文化懇話会会員。文学サークル『槙』同人。共著に『千葉児童文学選集』『槙・文学選集1・2・3』『何がそんなに…』など。千葉市在住。


つながっている、という感じ


 友人に相づちを打つのが上手な人がいる。

 じっと私の話を聞いていて「そうなのよねぇ」と言うタイミングの良さに感心する。タイミングばかりではない。そのときの声の調子は「分かっていますよ」と言われているようで、とても心強い。こちらの話を聞いたあとで彼女は同じような体験を話してくれる。そんなとき私は、彼女と目に見えないものを共有し、どこかでつながっているような感じになる。

 今日などは人の親切が身に沁みた日だった。ただ単にパソコンの操作を教えてもらおうとしただけなのに、「やっておいて上げますよ」と気軽に引き受けてくれた人がいる。一カ月前「私の小倉台日記」はマイドキュメントにあるものを全部USBに移行した。

 しかし義兄、勝山亮の第四月曜日掲載「イタリアと私」はマイドキュメントではなく、全部FDに入っている。いったんローカルディスクのCかDに移してから操作するのだろうとは思うものの、操作に自信がなくて出来ない。で、パソコンに詳しい人に「FDからCD-RWへ」という作業を教わろうとしただけなのに、いとも簡単に移行してくれたのだった。

 また別の人に、少し離れた公民館への道順を教えてもらおうとしただけなのに、FAXを送ってくれたり、そしてそのFAXのインクが見えにくいという理由から封書で送ってくれたりする。まあ何と私の周りには親切な人が多いことだろう。

 いや待てよ、とここで考えた。私が年寄りでパソコンを操作するのも、地図を片手に目的地を探すのも(以前、道に迷ったことがある)危なっかしくて見ていられないのかもしれないぞ、と憶測した。どちらにしても親切にしてもらったので温かい気持ちになり、つながっている気持ちになった。

 デイサービスに通っていても、みんな同じ仲間だと思うと「つながっている」という感じになる。私たち夫婦より重症な人がいても「いずれ我が身」と思って接するので親しい気持ちになる。そう思うのは私ばかりではないらしい。だれかが食べ物にむせると、隣の席の人がすぐ机にあるティッシュを抜き取って口に当ててあげている。そういう光景は当然のことながら若い人たちばかりの趣味の会では見ないことだ。...


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