私の小倉台日記

■プロフィール
勝山朗子(かつやま・あきこ)
  小説家、エッセイスト。房総文化懇話会会員。文学サークル『槙』同人。共著に『千葉児童文学選集』『槙・文学選集1・2・3』『何がそんなに…』など。千葉市在住。


義理を欠く


 ハガキを書くのが好きだ。それも書きたい人に宛てるハガキであって、あまり会ったことのない人に宛てる礼状や、お願いの手紙は苦手だ。

 絵手紙をもらうことがあるけれど、私には絵は描けないので貼り絵専門だ。広告や雑誌から切り抜いた可愛い犬、猫、小鳥などの絵を貼る。サイケデリックな色の縞柄模様も面白い味が出る。美術館へ行った友人がセッセと広告を届けてくれるので、名画、名器の類も貼る。貼りながら「この絵はあの人に」と相手を思う楽しみもある。

 年賀状もハガキの類であるが、これがこの一、二年苦痛になってきた。暮れのうちに、しかも二十五日までに投函しなければ元旦には届かない、と日本郵便に脅されるからだ。私が年賀状をもらう場合、やっぱり元旦に手に取って読みたい。であるから相手にもそうしたいと心掛ける。そう思う気持ちが自分自身、重荷になってきた。

 「今年を最後に、来年からは年賀状を出しません」と断る人がいるとか。それも木で鼻をくくるようで味気ない。では黙って出さないでいるのはどうか。私の尊敬するある人は何年か前から年賀状を書かなくなった。でも私はその方に健康を祈って書く。だれにも真っ赤な文字でその年の干支を、今年は「寅」を上段に下段には必ずその人にあった五、六行を添える。

 高校生時代から続いている友人や、勤めていたころからの友人の年賀状は懐かしい。個性ある絵を描いてくれる人、近況を知らせてくれる人はありがたい。

 困るのは儀礼的、形式的な年賀状だ。そういう賀状はありきたりの言葉を印刷してあるだけで、だれにでも通用するものである。しかし、その人は私の宛名を書くとき顔を思い出してくれているかもしれない。私がこの何年か年賀状を書くのが重荷になっているように、その人もやっとの思いで書いているのかもしれない。そう思うと気の毒だ。また別に「いやだな、面倒だな、また来ちゃった」と思っている人がいるかもしれない。私が千里眼の持ち主なら、そういう人には出さないであげるのに。・・・


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