今、庭の白木蓮で、キジバトが卵をあたためている。葉っぱに隠れて下からは見えないが、二階の窓から覗くと、巣にうずくまった親鳥が見える。満月の晩、キジバトが鳴いていた。何やら楽しげな調子で。そうっと二階に上がって外を見たら、キジバトも葉の隙間から月を見ていた。黄色い月と鳩の声、木蓮の葉を揺らすさやかな風……子守唄を聞いている気分だった。
九州出身の友人が教えてくれた子守唄がある。徳之島に伝わる「ユウナの木の下で」。いかにも南国らしい明るい調べ。歌っているだけで、優しい気持ちが満ちてくる。「ユウナの木の下で/ゆれるふうりん/りんりらりん/ねんねがせ/ねんねがせ/りらりらりんりん」。「ユウナ」とはどんな木だろう。調べてみたら、沖縄に多く分布するアオイ科フヨウ属の「オオハマボウ」の事だった。「ユウナ」は沖積地を意味する沖縄の言葉らしい。ユウナの木には、レモン色の大きな花が咲く。満月のような明るいきれいな色だ。どんな木か知らずに歌っていたが、花の姿を瞼に浮かべたら、歌詞に彩りが加わった。出産前の娘と一緒に、繰り返し「ユウナの木の下で」を歌っていたのが去年の夏。「赤ちゃんがぐずったら、子守唄がきっと助けてくれるよ」と伝えてきた。九月に生まれた孫は、生後九ケ月を過ぎた。おっぱいを飲むと自然に寝つくが、たまにぐずって大泣きする。そんな時が子守唄の出番だ。羊水の中で聞こえた懐かしい調べに、おやっと耳をそばだて、やがて眠りにつく。子守とは、子の命を守る事。ならば子守唄は、単なる寝かせ唄ではない。無事に育って欲しいと願う祈り唄だ。母親の祈りの声と赤ん坊の無心な眠り。そこには、静かなエネルギーが満ちる。
先日、図書館で片山健さんの『どんどんどんどん』を手に取った。ページをめくったとたん、激しい色と勢いのある線が目に飛び込んできた。主人公は小さな男の子。白いパンツをはいただけの裸ん坊。飛び出たおでこ、一文字眉、ドングリ眼に赤い唇。お世辞にもかわいいとは言えないし、天真爛漫とも言い兼ねるその姿。青筋を立てたしかめっ面は、怒っている様にも泣き出しそうにも見える。その子は、ただひたすら、どんどんどんどん歩いていく。草原では虫やヘビやカエルを踏み散らし、森では木をなぎ倒し、魑魅魍魎を恐れもせず。街に出ればビルも電車も自動車もみんな破壊して、ただもう、どんどんどんどん歩いていく。その子の周りでは、火山が火を噴き、雲が黒く湧き、大地がうごめく。......
【メモ】「どんどんどんどん」片山健・文研出版
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