命は自分のものだと思っていたが、実は預かり物で、簡単に取り上げられたり、戻されたりするのだと、気づかされた。粗末にしたらいつでも返却してもらうぞと、今も誰かに見張られている気がする。
真夜中、顔がすーっと冷たくなり呼吸の仕方がわからなくなった。油汗が滲む。異常に気づいた夫がすぐに救急車を呼んだ。布団から担架に移され、そのまま病院へ搬送された。心電図、血圧は異常なし。血管が収縮するタイプの狭心症ではないかと診断され、心臓カテーテルの検査をする事になった。疲労感が抜けないのは、所謂、更年期の体調不良で、時が経てば治るものと高をくくっていた。まさか心臓が原因だとは。大病はした事がないし、入院経験もお産の時だけ。局所麻酔だけで、腕の動脈から心臓まで管を通すのだと説明されて、身が縮んだ。検査当日は、奇しくも五十三歳の誕生日。五十数年前の同じ時刻、私を生む為に母も身を横たえていたのか。様々な機器と手術着の医師たち。モニター画面に映る血管の映像。腕に刺されたいくつかの針。これは、人生の折り返し地点での「再生の儀式」かもしれない。神妙な心持ちで、私も検査台に横たわっていた。
検査は五十分足らずで終った。針を刺されたまま病室のベッドに横たわると、内臓がやけに騒がしい。黙って静かに働いている臓器たちが、嵐の後の鳥獣草木のように、身をもたげ居住まいを正そうとしている。「わたし」は、この身一つの私ではなく、様々な臓器たちの集合体だったのだと思い知らされた。
倒れる直前に読んでいたのは、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』だった。映画を見るつもりだったが、見に行く機会がなく、ならば原作をと手にした本だった。無機質な病室でうつらうつらとしていると、小説の主人公、キャシー・Hがベッドの傍らにやって来た。彼女は椅子に腰かけ、聡明な瞳で私の顔をみつめてきた。...
【メモ】「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ・早川書房
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